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1888年の年末二ヶ月ほど、ゴッホが南仏アルルでゴーギャンと共同生活を営んでいたことは有名です。しかし、この共同生活にピリオドを打つきっかけとなった「耳切り事件」の顛末については、今でも様々な推論が行われています。 一般的には、制作態度の違い(ゴッホは対象を描くことにこだわり、ゴーギャンは写実的描写を否定)から討論になり、また遊女のことでぶつかりあっていたこともあり、激昂したゴッホが自ら剃刀で耳を切り、娼婦ラシェルの元に届け、翌年に入院したといわれています。 しかし、こちらによると、「耳切り事件」が起こる少し前に援助をしてもらっていた弟テオの結婚が決まり絶望。芸術学者マーティン・ベイリーはこのことが事件のきっかけとなったのでは、と推論しました。 また、近年では、ゴーギャンが刃物(フェンシングの剣という説も!)を振り回してゴッホの耳朶を切り落としたしまったという説も出ています。 実際に起こったことは今となっては想像するしかありませんが、尊敬していたゴーキャンへの不満、弟テオから見捨てられるのかもしれないという不安など、様々な要素が重なった結果であったのでしょう。 参考までに、「耳切り事件」の翌年に描かれた絵とその解説がされたページにhomeから飛べるようにしました。
.. 2010年07月31日 00:51 No.11001
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