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■--「サッカー界とキャプテン翼」項、一部飛躍について
++ 弁天小僧          

 今で言う腐女子、若しくは貴腐人としての目を通した、かつての『C翼』ブームの整理としては面白く拝読しました。ただ、「日本サッカー協会が意図的に漫画ブームの功績に触れていない」「W杯開催・出場はこの漫画の影響あってこそ」等々の指摘は、当時、ブームの真っ只中――でも『C翼』が大ブームになる迄、翼を知らずに――サッカー少年をやってきた僕にとっては、漫画愛好家としての「親の欲目」と映ります。
 と言うのは、サッカーのプロリーグ化と言うのは80年代頃からサッカー界では真剣に議論されていた問題です。そして95年のプロリーグ迄、実現には15年の準備期間を要している。ここで詳細には立入りませんが、実現に関して如何に協会幹部たちが綿密な事前計画に沿って成功に漕ぎ付けたかに関しては、少々過剰な脚色と共に、その成功物語が各種媒体で紹介されている通りです。
 それは、68年のメキシコ五輪以降、人気も実力もダダ下がりのジリ貧だった日本サッカー界に取ってはプロリーグ実現こそが、継続的強化、競技の社会的定着を両面から解決する起爆剤、即ち長年の悲願だったからです。

 小田さんは東京五輪の頃のお生まれとのお話です。そして、丁度、その思春期及び、青年期というのは、そうしたサッカー界に取っての超氷河期に相当する。だから、サッカーの人気や世間の認識を巡っては、前述のような翼中心の関連付け、印象となるのは判るのですが、それでも僕には「サッカーを全く知らない人たちの常識」でのみ、一括りにし過ぎていると映ります。
 確かにこの漫画でサッカー少年の増加があった点は間違いない。そして、この翼ブームと軌を一に、86年のメキシコW杯(マラドーナが本戦でイングランド相手に伝説の”神の手”ゴールと五人抜きをやった)、アジア最終予選で日本代表が決勝に残った。今と予選方式が全然違うけど、韓国に勝てばW杯初出場という所まで行った事がサッカーの認知度を上げる「小事」としてあった。
 僕は当時小学生だったけど、予選を勝ち進むに連れて一般紙の割くサッカー記事の割合も増えて行った事が嬉しかったし、NHKが最終戦の結果をスポーツニュースで20分近く取り上げた事に興奮もした。そしてそれ以降、相乗効果として観客数も少し増えたと記憶している。
 早い話が、この漫画が始まる以前から少年団は沢山あったし――ところで、富山の属する北陸地方は柳沢選手が出る迄、サッカーの弱い地域でした。それも、小田さんの”不人気スポーツ”としてのサッカーの捉え方と実感に少なからず影響していると思います――、よみうりランドはサッカー少年の聖地でした。又、セルジオ越後氏にしても全国行脚のサッカー教室で草の根の普及活動に尽力していた。「十年を一年で成し遂げたアニメ」と言うのは、氏の実感なのかも知れないけど、ただ、その地道で長年に渡る貢献度から考えれば謙遜や社交辞令の範囲と捉えます。
 それなのに、日本でのサッカー浸透の功績全てをこの漫画のお蔭にしてしまうのは、逆にいい過ぎだ、と僕は捉える訳です。
.. 2009年07月10日 22:00   No.2238001



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