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どうも、雑音領です。 年の瀬なのに景気の悪い話ですいませんが一つ。 (今のキャプつば絡みの話で景気のいい話をするのが難しいのは確かですが)
以前、小田様は陽一先生をジーコになぞらえ、しげやん様はマラドーナになぞらえていましたが、自分としてはポジティブ・ネガティブ共に
「(お二方とは別な理由で)陽一はジーコとマラドーナを足して二で割らない」
のではないかと思います。 (ジーコはイタリアのサッカーに適応できず、マラドーナとバルサとの喧嘩別れは有名) 以下、個人的に思ったことを。
1.「陽一がサッカー漫画に『やってもうた』ことを考えれば、ジーコが代表監督として日本サッカーに『やってもうた』ことは可愛いもんだ(陽一には責任は問えず、ジーコは責任を問われて当たり前とは言え)」
以前、「サッカー漫画研究:サッカー漫画描きたいのだが…」の感想でも書いたとおり、サッカー漫画に残ったのは「ドラマツルギー枯れた不毛の荒野だった……」と言うことは否定できないと思います。 で、ジーコが「焼け野原にしてしまった」ことはよく言われるのですが、それでも、ジーコジャパンとは関係なく、松井は淡々とル・マンに在籍し続け、森本がカターニアで鮮烈なデビューを果たし、宮本がちゃっかりザルツブルクに定着したことを考えると、まだまだ日本サッカーには地力が残っていた、と考えると、表題のような結論に至りました。 (括弧内のように、職務に対する責任の在、不在はあるのですけどね) とは言え、いくらジーコでも「絶対に越えられない」壁まで築いたわけではない(オーストラリアがそうでなかったことは'07アジアカップで立証済み)のですけどね。 続きます。
.. 2007年12月26日 23:48 No.2211001
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