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神を信じない者が以下のような発言をするとします。
「神なんているわけねえだろ(笑)」 「キリストの再臨なんてあるわけねえだろ(笑)」 「聖書は創作だ(笑)」
神を信じない者が上記のような発言をしているのを街で見かけた一般人の方が、心の中で以下のような疑問を持つとします。
「キリスト教の神様が実際に存在するなら、どうしてあの人に反論しないのだろう?」
と。
一般人の方がそのような疑問を持つのは理解できますが、ある意味、これは前提が間違っていると思います。
神は知性の神です。そして神を信じていない人は反知性主義者です。宣教対象であるノンクリスチャンに対してレッテル貼りのような事を書きたくありませんが、神を信じていない人は反知性主義者と言わざるをえません。神を信じない事が反知性に該当しないなら、この世の全てが反知性に該当しない事になります。
つまり何が言いたいかというと・・・。
神を信じない者が冒頭で申し上げたような愚かな発言をしているとして、それを見聞きした一般人の方が「神はどうしてその人に対処されないのだろう?」と疑問に感じたとして、その疑問に対する答えとして、質問を質問で返させて頂きたいです。
知性と反知性に何の関わりがありますか?
知性の神と反知性主義者に何の関わりがありますか?
反知性の霊(=悪霊)に心を明け渡している人に、知性の御霊(=聖霊)がどうして介入する事が出来ますか?
・・・。
神は人間を愛しています。しかし高ぶる者には高ぶるままにさせる事があります。高ぶる者が認罪に至る事は不可能であり、神の御子イエス・キリストの十字架と復活を信じて罪の許しを得る事も不可能です。高ぶる者が高ぶるままにさせられる事それ自体が神の裁きです。 (つづく)
(138.64.212.247).. 2026年02月14日 22:15 No.2081001
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