JDDスレのほうで、なんかスレ違いになったようなので立てて見ました。 かつて地方は平成初期三強といわれたイナリワン・オグリキャップを出し、80年代までは南関東公営は中央に互す層の暑さがあり、東海公営もそれに近いレベルと詠われた時代もありました。 そして種牡馬を見て見ますとリーディングサイヤーになったチャイナロックは芝ダート兼用の中央・地方におけるマルチ種牡馬。そしてイナリワンやロジータを出したミルジョージが中央・地方合計でノーザンテーストを抑えてリーディングサイヤーを奪ってたのが約20年前。 これを最後に地方馬は芝の急速なスピード化の時代についていけなくなりました。 93年以降にリーディングサイヤーを保持し続けているHail to Reason系の大成功も一因でしょうが、やはり輸送ラインの進歩や中央競馬の整備が進んだことで、中央に馬を預け易い環境が出来たって可能性が一番高いんじゃないでしょうか。中央の整備が進めば、やはり芝の対応力のある種牡馬が活躍するのは当然ですから、必然とタイムも伸びるでしょう。 さらに当時の中央ダートは勝てば勝つほどハンデが重くなるという整備不良の状態。当然強いダート馬は南関東か東海に集中した経緯もあります。その中には芝ダート兼用のクロフネみたいなタイプの馬もいて、それが中央の芝で成功したのではないでしょうか。 あとアメリカのダートは未だにDr.FagerやSecretariatの古いレコードが残っています。ダートは技術の進歩によるタイムの躍進が遅いです。だからタイムだけで当時が低レベルかどうかは判断しにくい部分はあるかと思います。 結局何が言いたいのかというと、日本の競馬が芝中心なのは変わらないですが、ダートが地方より中央よりにシフトしたのが、大きく変化したところじゃないでしょうか。
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.. 2009年07月13日 19:34 No.749001