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■--三冠馬のその後
++ タグ (殿堂馬)…1048回          

シンザン。
私が子供の頃、白黒テレビで有馬記念を見ている。途中、画面から消えて、再び姿を現わしたのには感激しました。まさに伝説の名馬。4歳いっぱいで引退。
ミスターシービー。
後輩のルドルフに隠れてしまい不運。4歳秋の天皇賞制覇は今でも記憶に残る。5歳春に引退。
シンボリルドルフ。
私の競馬歴で最も思い入れが強い馬。4歳秋に凱旋門挑戦が計画されていたが故障で断念。JC、有馬を勝ったあと、どういうわけか春にアメリカに遠征。そこで故障し、結局秋に引退表明。欧州遠征は実現せず。このときの無念の気持ちは今でも記憶に残ります。
1985年の伝説の凱旋門賞。僚馬のシリウスシンボリが出走。
この時フジテレビが録画中継。ダンシングブレーブが追い込みを決めたレース。実はシンボリルドルフは順調なら出るはずだった。
ナリタブライアン。
4歳春までは無敵だったが、故障してから以前のブライアンには戻らず。5歳前半で引退。
ディープインパクト。
競走馬、種牡馬両方ともに成功した唯一無二の馬。
凱旋門挑戦は無念の結果になった。私の個人的見解での敗因は斤量。そのために詰めが甘くなった。欧州の深い馬場で59、5キロはディープでもきつかったようです。
オルフェーヴル。
まさに「破天荒」の名馬。悔やまれるのは、初めの凱旋門賞。まっすぐ走れば勝ってたレース。スミヨンの世紀のボーンヘッド。5歳いっぱいまで走った唯一の三冠馬。
もっとも世界に近づいてた馬です。
BCディスタフを勝ったマルシュロレーヌの父。
コントレイル。
馬主、調教師共海外通。今まで積極的に海外遠征してきた両者だが、コントレイルに関して海外の「かの字」も出なかったのは意外だった。なまじっか三冠を勝ってしまったため「守り」に入ってしまいリスクを取れなかったのだろうか。
.. 2021年11月29日 19:28   No.1612001

++ 闘将親父 (殿堂馬)…2115回       
こんばんは。

私は、この中でこと三冠レースに限っては、ナリタブライアンが一番強かったと思います。
4歳時の故障と夭逝が本当に残念です。
記録に残るシンボリルドルフ、記憶に残るミスターシービーでした。
ミスターシービーは、父母とも日本の競馬場で走った馬、しかもデビュー戦が一緒だった
馬の子という意味でも思い入れがありました。
最後方と先頭が同じレースで出て来る唯一の馬でした。
オルフェーヴルは、人馬とも個性的でした。
ディープインパクトは、2着馬がかわいそうと思った唯一の馬でした。
コントレイルは、海外に挑戦して欲しかったですね。

それでは、また。

.. 2021年12月01日 23:26   No.1612002


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