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小島貞博調教師が六十歳で死去、自死と報じられています。 騎手時代には、1992年にミホノブルボンで「皐月賞」「ダービー」、94年にチョウカイキャロルで「オークス」、95年にタヤスツヨシで「ダービー」を制覇。ミホノブルボンとの出会いが四十歳という遅咲きながら、「ダービー」二回勝利という輝かしい戦績を残した人でした。もっとさかのぼると、若い頃はとりわけ障害で鳴らし、しばしば連対率4割以上を記録、1981年などは31戦19連対。82年には、テンポイントの全弟・キングスポイントで「中山大障害」も勝ちました。 調教師としては、娘婿・田嶋翔にとって唯一の重賞勝ちであるテイエムチュラサン(2005年・アイビスサマーダッシュ)が平地の代表馬。障害では、テイエムドラゴン(2005年・中山大障害)が活躍しました。 親族の借金を肩代わりしたことから厩舎の経営が逼迫、従業員の給料や飼葉代にさえ事欠き、間近に迫った調教師免許更新も危ぶまれていたとの報道も眼にしましたが、私事ながら、先日、師の管理馬だったシゲルソウウンを的中したばかりだったので、信じられない思いがあります。 それから、僅か一行余りの「逝去」の報を掲げただけ、湯窪調教師への臨時貸付けのほうが遙かに詳しく、サッサと引退調教師名鑑に移して「小島貞博(2012.1.24引退)」と限りなく事務的に記すJRAサイトには、いつもながら違和感を覚えさせられます。
.. 2012年01月25日 15:52 No.1068001
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