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パグウォッシュ会議を前に 政治を動かすのは市民
原爆の開発を当時のルーズベルト米大統領に提言したのは物理学者のレオ・シラードだった。シラードは、ナチスドイツが核兵器を先に開発することを恐れていた。だが、日本への原爆使用は「核軍拡競争を招く」と反対した。 米大統領は、核兵器開発の助言は聞いたが、不使用には耳を傾けなかった。それが「核の時代」の始まりの風景だった。 核兵器保有国は旧ソ連、英、仏、中と増えていった。核実験が繰り返され、放射性降下物による汚染が地球規模で広がった。 核実験に伴う健康被害は第五福竜丸だけではない。各国とも軍事機密扱いで、情報がほとんど公開されていないだけだ。秘密が多いのも、核に特有の暗部である。 核の利用は軍事から民生に広がっていく。アイゼンハワー米大統領は、1953年の国連演説で「平和のための原子力」という考え方を示した。核不拡散の推進を目的の一つとして、海外での原発建設を進めた。インドが原発からプルトニウムを取り出し、原爆の製造に成功するなど、核の拡散を招いた。 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)は多くの死者を出した。福島第一原発事故(2011年)では今も、10万人を超える住民が故郷に戻れないままである。 戦後、核兵器が実戦で使われたことはないが、最近、テロリストによる核の使用が心配されている。過激派組織「イスラム国」(IS)のような組織には、核の抑止力は働かない。原発の安全神話だけでなく、平和利用も核の抑止力も壊れた神話になっている。 希望もある。世論調査会社「ユーガブ」は今年7月「原爆開発は間違いだった」と答えた米国人が62%もいたと発表した。 シラードは晩年、「住みよい世界をつくる協議会」を設立した。核軍拡競争に反対する政治家を支援するのが目的だった。核兵器と戦争の廃絶を目指すパグウォッシュ会議にも関わった。 第61回の同会議が来月1日から長崎市で始まる。200人近い専門家が世界から集まる。 歴史は、学者の知性だけでは政治を動かせないことを教えている。政治家を動かすには、市民(有権者)の力が必要だ。人類は核と共存できるのか。会議では、その答えを探り、世界に向けて発信してほしい。科学者にはそうする責任がある。 (井上能行) (10月30日5面「社説」より)
.. 2015年11月02日 11:41 No.977001
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