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■--国防
++ 伝 (高校生)…54回          

国防とは石原莞爾の定義では国策の防衛である。国民を防衛することは、あたりまえのことで、そのあたりまえのことが、おろそかになっていたから拉致問題がでてきた。今防衛省があるが、自衛隊はおそらくアメリカの指揮下で戦うために存在しているのであろう。アメリカの安全保障戦略の下で戦うというのは、しっかりしないと、アメリカの国策の防衛をおこなうことになりかねないのではないかと危惧する。アメリカが人類全体の幸福のために戦うなら、アメリカの指揮下に入るもよい。しかし、アメリカのエゴイズムで戦うなら、その指揮下に入るべきでない。国民はぼんやりしていられない。
.. 2007年07月03日 22:00   No.90001

++ タク (平社員)…144回       
石原莞爾の右翼ぎらいは、荒木大将の「竹槍三十万本」式な神がかった精神主義に反対して、あくまで科学の力を尊重していた性格がそうさせたのかも知れません。石原莞爾は盧溝橋事件が突発すると、すぐ不拡大方針を主張して、あくまで事件の拡大防止に努力しました。中国における小競り合いよりもこれから着手しようとしている国防計画の方が大切であったのです。

石原莞爾は、軍部の中国に対する恫喝を笑っていました。「弱い犬ほど大きな声でほえるよ。強い犬は黙っている。」石原莞爾は国防計画第一主義であり、それ故に満州国第一主義でもあったのですね。

.. 2007年07月04日 18:24   No.90002
++ 六 (小学校高学年)…27回       
石原莞爾の世界最終戦争論は、日蓮聖人の「前代未聞の大闘じょう一閻浮提におこるべし」のことばが、みちびきとなって、独得の戦争史の研究から得た結論らしい。ひとたび大戦争を経過しなければ、恒久平和に人類は到達しえないということは真に悲しむべき運命であるとの心情をもって、最終戦争に勝利をおさめる準備をおこなった。石原莞爾の師の田中智学は、戦争は三段階をへて絶対平和の時代に至ると考えた。未来には、まず国際戦争で国家と国家が戦争する。次には人種戦争となり、最後に思想戦争となる。思想戦争は洋の東西によらず、人種によらず、思想上世界を二分して戦争がおこると考えていたらしい。戦争と平和については、観念的認識でなく、現実の正確な認識が先ずなくてはならない。次に人類の将来に対する展望をもって行動することが必要である。人間の世界に永久に戦争はなくならないというような、お先真っ暗な考えで戦争学をやってはいけないと考える。
.. 2007年07月08日 10:15   No.90003
++ タク (平社員)…145回       
「世界最終戦争論」には天才的なひらめきを感じさせるところがあるのは事実ですが、科学的根拠があるわけでなく、戦略的発想と宗教的ドグマから得たようなものでした。最終戦争という発想は、石原莞爾が1923年の関東大震災の知らせをベルリンで聞いたとき、「此度ノ地震ハ地涌ノ大菩薩、再ビ世ニ出現シ給ウベキ兆ナリ、ソノ御出現ノ地ハ東京。・・・世界大戦争ハイヨイヨ二、三十年年後ニ切迫シタルヲ示ス」との啓示を得たことにあるともいわれている。(『石原莞爾選集』第三巻、石原莞爾平和思想研究会顧問・仁科悟郎教授解説)。石原莞爾は日蓮宗の宗教グループ国柱会に属していたから、その中には多くの石原信者がいたことは事実で、現在も国柱会の行事に参加すると私の目からも明らかですね。

.. 2007年07月09日 08:17   No.90004


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