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久々に書店に行ったところ、作家・早瀬利之氏(74歳)の新刊書『靖国の杜の反省会』(芙蓉書房出版、定価1700円+税)を手に入れました。 新刊書と言っても、発行は昨年の8月15日で、表紙のリードにあるように「あの戦争の真実を知る11人が、8月15日深夜の靖国の杜に集まって本音で語り合ったとしたら」となっています。つまり、設定は架空だが、内容はすべて史料に裏付けられた事実である!というわけです。 そして、その11人の出席者とは、添付写真のとおりで、陸軍側から4名、海軍側から4名、外務省から1名、書記官長1名、そして司会進行役として緒方竹虎がいます。この中で注目されるのは、軍人はみな大将クラスなのに、一人だけ中将位の石原莞爾が加わっていることです。また他の人物が大東亜戦争の当事者なのに、石原莞爾のみは部外者という点が際立っています。 また、この架空円卓会議(平成8年、靖国神社の遊就館に参集)では、目次にあるように、日米開戦回避に向けての交渉話から始まっているのですが、この石原莞爾のみが一番遅れてやって来て、途中から加わっています。 この「反省会」の各人の発言内容は、参謀本部編『敗戦の記録』、東郷茂徳・外相の獄中手記『時代の一面』、参謀本部の『杉山メモ』、野村吉三郎「米国に使して」などの関係資料をもとにして構成したということですが、著者の早瀬氏は松井石根・大将と石原莞爾・中将の単行本をものにしているので、それらも加味されていることは、言うまでもありません。 話は緒方竹虎の司会で、各年代の結節点となった事件の真相について当事者の口から次々と明らかとなって来るのですが、問題が日米問題以前の満洲に及ぶと俄然、石原中将の発言が中心となり、実は「反省会」の中心人物がこの石原莞爾であることが次第に判ってきます。つまり本書の言わんとする核心部分は、石原莞爾の発言にすべて仮託されていることが判ります。 ここで各人の発言内容をご紹介することは不可能なので、日米開戦(1941年12月8日)に関しては、松井石根・大将に仮託された言葉、「わが国は――負ける戦を――ヒットラーにしばられてしまったな」に尽きると思います。これは、言うまでもなく、破竹の勢いのヒットラーにほだされて三国同盟を結び、米国と決定的な対立関係になったことを意味します。 それ以前の盧溝橋問題(1932年7月7日)では、石原中将に「不幸の始まりは土肥原・秦徳純協定だった」と語らせています。昭和10年(1935年)6月27日に結ばれたこの協定は、その直前6月10日に結ばれた梅津・何応欽協定より厳しく、中国側のメンツを潰し、反感を一層強めさせたことを指しています。 そして、もし本書の核心部分を一箇所だけご紹介するなら、迫水久常・書記官長の次の言葉ではないでしょうか? 「当時、私は企画局の一課長で、御前会議の様子は義父から間接的に知りましたが、皆さん、なかでも海軍さんは、みごとに陛下を騙されましたな。12月1日といえば、戦隊は南下を始めておられたのに、日米開戦はないと言い続け、陛下や原議長、それに各大臣たちは、東條首相を除き、ほとんどの人が西の方を向いておられた。世紀の大罪ですぞ。いつから国の指導者たちは、平気で陛下を裏切るようになったのですか。国民には何も知らされず、むしろ敵視しておられた。国民イコール陛下の考えと同じですぞ。そいが、みごとに、こともあろうに御前会議でウソを並べる。
.. 2014年02月17日 08:49 No.692001
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