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■--凛美ニッポン
++ 島田守康 (高校生)…59回          

富士山が三保の松原も含めて世界遺産に登録されたことは慶賀なことで、ともに喜びたいと思います。

前回お伝えした北後美智子さんから「今後の予定」と題する手紙が、昨日届きました。作品が今後の出版物に載る案内書ですが、その一つに世界遺産登録を記念した『光輪の富士』という作品の掲載予定もあります。

北後さんの『詩集』には「次世に生まれ出ずるなら」と題する詩があり、「私は大きな樹の桜の精になり、桜らんまんと桜ふぶきで人々を幸せの夢の世界へいざないましょう」と詠っています。

また、『詩集』を最後まで拝見すると、それは「遺言書」であることも判りました。すでに「蓮鳳院慶美壽薫大姉」という戒名もあり、最終頁に「ひっそりと静かに浄土へまいります。ありがとうございました。さようなら」と惜別の言葉を記しています。全編に「死期の近さ」を暗示させています。

今回は北後さんの豪華本作品集の中から、富士山だけを抽出してご紹介します。じっくりとご鑑賞下さい。

(^-^)M・S
.. 2013年07月04日 09:48   No.573001

++ 島田守康 (高校生)…60回       
昨日、送られてきた私が会員となっている会の機関誌の特集が、何と「富士山」でした。

その中で富士山を撮り続けているカメラマンの記事がありましたので、ご紹介させて頂きます。本人には承諾を取っていませんが、北後美智子さんの続きの話なので、ご本人もきっと納得してくれると思います。

そのカメラマン、大村陽久(はるひさ)氏(61歳)は、二度目の心臓病手術の際、「生還率は5%」の宣告を受けながら奇跡の生還、その「生かされた」体験から「重い病と闘っている人に少しでも勇気や希望を与えられたら」と富士山を撮り続けています。

この大村氏の体験談で更に注目すべき発言は、「私の写真は趣味でもなければ四季の移ろいを楽しむ手段でもない。目的はただ一つ、終末期の患者さんに見て頂いて、富士山が教えてくれる大自然と命の摂理を少しでも感じてもらいたい」というものです。そして、「そのために命を感じる光景、感動を生む瞬間を追い続けていきたい」と語っています。


単なる趣味や道楽ではなく、「命が消え逝く人々のための感動写真」撮り、これがご本人の目的であり、彼のHPには確かに今までにない富士山の絶景が映し出されています。

   ▼ 大村陽久氏のHP こちら

上記の言葉に私も触発されて、ついでながら持論を展開させて頂きます。「命の象徴」である富士山が、何故かくも美しく、魅力の対象なのか?

それは図解したように、富士山の「八(ハチ)」型円錐形は、実は「○○」=「ω(オメガ、omega)」の下半の一部(中心部の黒色域)であり、「永遠」の一要素を構成している(肉体は滅びても魂は円環して再び「人」になる摂理)。そして、横断面の「八」型円錐形を上(垂直)から見ると、それは二重丸の「◎」であり、それはミクロ的には中心核の「原子核」と周回する「電子」軌道の関係になぞらえることができ、それは同時にマクロ的には「太陽と地球の周回」などにも敷衍することができるもの……。

つまり、富士山が持つ「永遠性」、人々の心を離さない美の造形には、ちゃんとした科学的、理論的根拠がある、ということです。「美」「芸術」の「Art(アート)」の語源は、この「八」の「Arch(アーチ)」にあり、答えの正解を「回(→◎)答」と表記させている理由も、これでお判りですか???

(^-^)M・S

.. 2013年07月04日 11:18   No.573002
++ 島田守康 (高校生)…61回       
一昨日、「中国最古の文字が発見され、それは従来の甲骨文字より1000年以上前のもの」というニュースがもたらされました。

発掘場所は中国沿海部に面する浙江省(首都は杭州市)北部の荘橋墳遺跡で、石オノに旗や魚、虫などをかたどった文様があり、「人」に似た記号も二つ含まれていたことから、研究グループではこれを「文字」と判断、認定して発表に至ったとのことです。

「世界最古の文字」は「八」以外には無い――、として私は14年前に拙著『米は真実という名のシンボルマーク』(冬青社、定価2300円+税)を発行したわけですが、それは「文字か記号か、たまたま偶然の為せるものか、判読に苦慮する」類のモノでは全くなく、それは実に「科学的、芸術的、哲学的、考古学的、神学的」に論拠のあるモノとして厳然していることを訴えたかったわけです(今回も添付の図解を参照)。

言うなれば、それは男女のナニ(シンボル)に具現化されているわけで、しかし人類は依然としてそれを直視できずに「灯台もと暗し」下にあるわけです。

この浙江省には良渚(りょうしょ)遺跡という中国でも最も古い5000年前の都市が発掘されていますが、今回の文字発掘年代と同じことから、「中華文明五千年の歴史が証明された」と現代中国人はより得々となっているわけですが、ここで発掘された最高の宝物とされる「玉器」=「◎」の由来を忘却しているわけですから、偉そうなことは言えません。

なぜなら、この「◎」の玉器は「玉璧」とも呼ばれ、これに傷の無いものが「完璧」と称されるのですが、何故に「完璧」なのか、持論の「八」が解けない限り、その正解=「回(◎)答」は絶対に無理、だからです。この謎解き、ヒマがあれば、どうぞ拙著をご覧下さい……。

(^-^)M・S

.. 2013年07月12日 22:07   No.573003
++ 島田守康 (高校生)…62回       
前回ご紹介した拙著『米は真実という名のシンボルマーク』(1999年刊、定価2415円)ですが、出版社名が間違っていました。「冬青社」ではなく「技術出版」でした。

なぜ、こんな間違いを起こしてしまったのかお恥ずかしい話ですが、元々、東京・世田谷の二子玉川にあった会社が拙著発行後、共鳴していてくれていた社長の死亡により、そこから以前に発行していた娘さんの両親が買い取って、実家の岐阜県山県市に移転したからです。私はこの家族とはニ、三回の面識はありましたが、以後関係は全く途絶えてしまって今日に至っていたからです。

冬青社は東京・中野区にある出版社で、ここで私は石原莞爾将軍の編著『永久平和の使徒 石原莞爾』(1996年刊、定価2800円)を発行したことの印象が強く、うっかりミスを犯したわけです。「うっかりミス」が老化そのものにほかなりませんが、技術出版は当初、技術革新をもたらすフリーエネルギー関係の著書が多かったのですが、今では娘さん中心の「スピリチュアル」系の出版社となっています。また今回、久々に技術出版のHPを開いたところ、拙著は「その他」の項目に配置されていました。

   ▼技術出版の拙著頁のHP こちら

拙著が、何故に「その他」の項目に分類されたのか、故無きものではないと確かに苦笑せざるを得ません。というのも、私が発行時、販売促進のお手伝いのために書店に売り込みに行った際、書店員は「これはどこに並べたらいいのでしょうか?」とよく尋ねたものです。私は「総合的なものなので、あなたが判断されたところで結構ですよ」と言ったのですが、「いやー、そう言われても困ってしまいますねぇ」と頭をかくのでした。

文字や音韻という視点から見れば語源学、当事話題だった「君が代」の視点から見れば国語学ないし教育学、そして歴史学と見れば歴史学のコーナーですが、しかし第一章が元号の古典学に対して、最終章が石原莞爾将軍の昭和前史なので一体どちらに置けばよいのか、実際、頭をかかざるを得ないのが実態でした。まして少部数発行(1000部)だったので、「新刊コーナー」にも行けず、結局、書店は表紙のリードから言語学コーナーに配置したところが多かったです。

というわけで、今の技術出版が判断に困って、分類別では「その他」に配置するのもムベなるかなで、HPの最下欄に表示していても致し方ありません。

しかし嬉しいことは、インターネット古書店の横浜河童堂では、拙著が古書にも関わらず、依然として定価より高い3000円の値段を維持していることです。このことは以前に「本の実力を示したものではない」と読者のお一人からお叱りを受けた事柄でもありますが、名だたる方々の本が軒並み値が下がっている中での上昇は、何と言っても、やはり嬉しいものです(商品番号X-42参照)。

     ▼横浜河童堂のHP こちら

冒頭で述べた石原莞爾将軍の編著『永久平和の使徒 石原莞爾』が、武田邦太郎・参議院議員のお力で宮内庁に入ったように、その3年後には、元号問題を取り上げた拙著も宮内庁に入り、当事の総理大臣・小渕恵三氏の手許にも渡ったことは、私の編集者人生の中で唯一、誇れる手柄です。

今回は発行元表記の間違いから、いやらしい自慢話になってしまったようで、お許しを頂きたいのですが、大著の拙著を読まずとも、編集プロダクションの社長が寄せてくれた下記の一文を読んで下されば、それで充分です……。

(^-^)M・S

.. 2013年07月15日 08:31   No.573004
++ 島田守康 (高校生)…63回       
昨日から本日にかけて、福島県南相馬市にある天台宗の寺院・円明(えんみょう)院を訪ねて来ました。その目的は、そこの29代目の住職・泉 智教(ちきょう)氏(59歳)にお会いすることと、「世界一のパワースポット」と称する「霊場」見学にありました。

ところで、この場所ですが、この南相馬市はご承知のとおり、福島第1原発の北に位置した避難区域20km圏内に入っており(むしろ宮城県に近い)、現在も市長が発行した「特別通行許可証」が無いと通れません。したがって、許可証の事前取得には運転者も同乗者も事前に申請しておかねばならず、第1原発近くにある二つの検問所ではこれを提示し、自動車免許証などで同乗者も本人確認を厳しくチェックします。

とにかく、沿岸部を走る国道6号線上の隣接した浪江町、双葉町、大熊町、富岡町など20km圏内は全避難地区なので住民はゼロ、車両は原発や土木作業関係者以外は無く、街は被災当日をそのまま残した、まさしく“廃墟ゴーストタウン”を延々と走る異様ぶりでした。検問は民間の警備員がやっており、警察はパトカーや白バイで流れの監視をしている程度でした。

さて、円明院ですが、地名が「小浜」とあるように沿海部にあって、3・11の東日本大震災では津波が門前で止まるという「奇跡」が起きています。それ以前から裏山の霊場で数々の不思議現象があったので、ウワサが噂を呼んで、今では「運気好転の大聖地」として参拝者が絶えません。もちろん、震災直後から、このお寺での起居や参集も禁止されてきたのですが、最近、集客力が今後の「町興し」の有力材料になると市の観光課からも認められ、今週末からはバスツアーが許可されるようになりました。

なお、住職の和泉氏と私は、実は5年ほど前に知り合い、当事、住職が勧めていた健康食品コラーゲンの機関誌とHP(ホームページ)を4年前に作った関係があり、今回は彼を紹介して下さった当事の社長の車に同乗させて頂いたわけです。

この円明院の人気の原動力が、“御利益”にあることは言うまでもありません。門前に入ってから出るまでの病気平癒や事業の好転など、数え上げたらキリがないので敢えて触れませんが、ともかく御利益に預れなければこのお寺の存在意義は無いわけで、例えば、買った宝くじの10枚がすべて当選番号だったとか「信じられない」事例もあります。

そして、このお寺の特徴は何と言っても、和泉住職の「笑いに満ちた法話」で、欲のカキカキ、エロ話など、ともかく参拝聴衆を終始笑いの渦に巻き込み、漫才師もうならせる説法にあります。

そんな「満面笑顔、幸せいっぱい」の和泉住職ですが、若かりし頃は、億万長者から一転借金地獄、そして5年間も寝たきりの病人生活、3度の自殺を考えた苦難の過去があったそうで、突如4年前からの先祖伝来の霊場のパワー発現で、人生が急激に好転に向かったそうです。

.. 2013年07月17日 10:38   No.573005
++ 島田守康 (高校生)…64回       
そんなサクセスストーリーに眉唾で聞くのが世の習い、私もその一人として「ウソかマコトか」とその真偽を確かめるべく出掛けたわけですが、住職の法話終了後、徒歩5分ほどの裏山の山頂霊場に登って仰臥(ぎょうが)したところ、瞬時に尋常ならぬエネルギーが全身に走ることを体感しました。今までの人工的なものより「ウソ偽りなく」強く感じた次第です。山頂全体からエネルギーが出ている写真も撮られています。

また山登り途中と山頂にはロープに鈴が結ばれているのですが、ロープに取り付けられた鈴が、チャリンチャリンと鳴っているのです。これは無風状態で鳴っており、私がロープを握ると、ブルブルと小さく力強い振動が脈打っていました。とにかく、この山の神域に入ると、難病の病人が元気になる、水や酒が活性化される、携帯電話の充電がされるなど、さまざまな「不思議現象」が報告されています。

そして訪問した昨日は、山頂でラッキーなことがありました。3年ほど前にこの山頂に来た女性が、たまたま降りて来た小型UFO(直径2mほど)をすぐ近くに目撃して、携帯カメラで写したというのです。そして、それを記念した石板を埋める作業に出会ったわけですが、参拝者の皆さんは、この磁場エネルギーを体内に取り込もうとゴザを敷いて寝転んだりしています。

山頂での滞在時間と訪問回数が多いほど御利益の確率が高まるということで、今朝7時半に私達も山頂の霊場に再び登り、そして和泉住職から「太陽を直視してご覧なさい」という掛け声に乗って雲間から現われ出た太陽を直視して見ると、「太陽から赤紫色の光線が出ている」と言うように、間もなくそのように見え、そしてそれが山頂周囲の木々の間に現われ出てビックリしました。

私は、これは太陽直視による幻視ではないかと思ったのですが、見た人がみな周囲に現われ出た赤紫を同時に同じものを認識でき、それが紫色→黄色→黄金色に代わる様子も目撃できました。私は黄金色から金粉が出てきたとの様子は目撃できませんでしたが、「共同幻視」にしても、あの光線直視と色彩残像変化の目撃は初めての体験でした。

私が撮った写真では枚数を重ねるごとに光線の極彩色が高まって来て、そのうちの一枚から赤か紫色が和泉住職の背後に残っていることからも、この現象が尋常ならぬものであることがお判り頂けるのではないでしょうか?

「ウソかマコトか」――その真偽は結局、この場で確かめて頂くほかないのですが、今朝の体験は驚くべき面白い体験でした。なお、同行された元社長は今までも同様の観察をしたが、今日が最もハッキリ目撃できたと言っていました。状況によって強弱があることは、承知しておいた方が良いかも知れません。

ともかく、悲惨な被災地の南相馬市の沿海の一寺院が、原子力エネルギーとは全く違った未知エネルギーで世間の注目を集めようとしています。縁ある者の一人として、私もこの「聖地」を監視し続けて行こうと思っています。

(^-^)M・S

.. 2013年07月17日 11:49   No.573006
++ 島田守康 (高校生)…65回       
次期参議院選挙も、あと3日と迫りました。

私にとって仕事で通じた人物は安倍晋三首相と新藤義孝総務大臣なので、今回の「安倍内閣」以上の親密な政権は今後誕生しないと思うので、自民党を支持することは言うまでもありません。安倍首相には、後世、「大宰相」と呼ばれる人物になって頂きたいと思っています。そのためにも「長期安定政権」の樹立は絶対要件です。

ところで、友人から他党の応援を頼まれました。以前に失敗した経験があるので受けにくかったのですが、その立候補人物が東日本大震災の被災地に200回以上も足を運んで、介護訪問サービス事業に尽力していると聞いて、協力者の一人になることを承諾しました。

その人物とは、日本維新の会の富山よしのぶ氏(42歳)で、米国ペンシルベニア大学院の修士課程を卒業、帰国後は吉本興業のお笑いタレントになり、東日本大震災を契機に社会事業に参画することを決めたとのことです。参議院全国比例区からの立候補で、今後の「若さの発露」に期待したいところです。

実は、このメル友仲間には、同じく日本維新の会から比例区での立候補者がいます。二瓶文隆氏(54歳)で、東京都中央区の現職区会議員、氏は4年前の鉄砲洲稲荷神社での「繆斌(ミョウヒン)慰霊祭」を主宰してくれた人物です。「平成の西郷どん」と愛称される、今では数少ない社会派、行動派議員です(拓殖大学院卒、税理士・行政書士)。

※写真の左端が二瓶氏、真ん中は繆斌の孫の繆亮(ミョウリョウ)氏(ワシントン在住、現在48歳)、右は緒方四十郎氏(竹虎の三男、現在86歳、夫人は貞子氏)。

ともあれ、皆さん、棄権せず「良心に従って次代の日本のために」投票しましょう!

(^-^)M・S

.. 2013年07月19日 12:05   No.573007
++ 島田守康 (高校生)…66回       
本日の産経新聞のTV番組欄の下をふと見ると、「朝日新聞×産経新聞共同企画広告」として「詳しくは中面へ」とあったので中面を見てみると、カラー全面見開きの座談会記事が載っていました。

「犬猿の仲」である朝日と産経が「共同企画とは何事ぞや」と、そのタイトルを見ると、映画『終戦のエンペラー』(原題はemperor)の公開直前PR記事広告でした。こうした映画が撮影されていることは耳にしていましたが、公開が来週の27日(土)からということは、この記事で初めて知りました。

そして、この映画のメインが昭和20年(1945年)の9月27日、敗戦国のトップ・昭和天皇と戦勝国のトップ・マッカーサーの頂上会見ということで、私にとっては「見逃せない映画」と認識されました。この座談会にわが石研の会員にもなって下さっている保阪正康先生が出席しているとあっては「他人事ではない」と思った次第です。

しかも、私にとっては、この「お二人の歴史的会見」の場に実際に居合わせた元宮内庁職員の方からお話を伺っていたことでもあり、今回の映画は私にとって絶対観なければならないものです。なぜなら、今から23年前の平成2年(1990年)、当事、元皇宮警察本部長が主宰されていた「むすびの会」でご紹介された会合(明治神宮の参集殿)で、元宮内庁職員だった筧 素彦(かけい・もとひこ)氏の「終戦秘話」のお話を伺う機会があったからです。

筧氏は、8月15日の「玉音放送」のレコード盤を前日に持ち出した一人であり、当事、決起将校の必死の捜索の中、脱出した方で、しかもマッカーサーGHQ総司令官(元帥)との会見に同行した一人として、その時の「歴史的場面」を直接伺えたことは、今日、私にとっては願ってもない幸運であったと思っています。

この時、筧氏が語ったことは、「出迎え時、マッカーサーは居丈高で、腕を組んで反りかえるような姿勢で陛下を出迎えた。まさに敗戦国の敗将と勝者の大将という態度で、その後、建物に入ってから我々は二人だけの会見に立ち入りは峻拒された。しかし、会見が終わって出て来た時、当初の姿勢とは打って変わり、あの身長の高いマッカーサーが腰を折って、陛下を外の車に入るまで赤子を慈しむように低姿勢で送り出した。あの会見で180度の劇的な会見があったのは確かで、私達は改めて陛下の偉大さを感じた次第」というものでした。

今となっては、筧氏も皇宮警察本部長だった方も故人となってしまいましたが、私は「純真素朴で誠心一筋」の筧氏の証言は、素直に受け止めることが出来ました。筧氏の父親は『神ながらの道』などの著書で有名だった筧 克彦氏(戦前は東京帝大教授、戦後は国学院大学教授、享年89歳)ですが、氏は満洲国建国大学時代の草創期、石原将軍から「右翼的」と批判された方なのですが、息子さんの素彦氏の証言は掛け値なしに信用できると思いました。

ともあれ、今度の映画が「戦後の日米関係の原点」――二人の会見をどう描いているのか楽しみです。

 ▼映画の公式HP こちら

なお、座談会の出席者は朝日側が、元朝日新聞編集委員の岩井克己氏、ノンフィクション作家の保阪正康、産経側から元皇族の子孫で戦後生まれの竹田恒泰氏(慶大講師)、そして産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏の4名です。

(^-^)M・S

.. 2013年07月22日 11:09   No.573008
++ 島田守康 (高校生)…67回       
京都の禅寺・建仁寺(東山区大和大路通四条)で今月17日から今日まで「おっぱいアート展」が開かれたとのことです。

禅寺と「おっぱい」の組み合わせに「?」と首をかしげたくなりますが、知的な乳房文化研究会の発案に800年の歴史を持つ禅寺も賛同したようで、第二回目の今回の公募テーマは「<この胸のときめきを>ふたたび・・・・」とか。

座布団に展示された研究者や美術学生などの応募作品111点は、どれも個性的で、しかも上品です。ここに日本人の感性と表現力の素晴しさが発揮されていると思います。この「おっぱい」が男女を問わず人類の最も魅惑的な対象になっているのは、持論の「八」=「ω(omega)」の「エイトの理論」に則っていることは、今さら申すまでもありません。

理屈はともあれ、優れた作品の数々を、とくと御堪能あれ。

(^-^)M・S

.. 2013年07月22日 12:45   No.573009
++ 島田守康 (高校生)…68回       
日本人の芸術力と言えば、「田んぼアート」も大したものです。単に絵柄が書かれているだけでなく、平面では判らない立体図の3Dになっているのです。しかも、道路を挟んだ広域田んぼがキャンバスになっているものもあって、スケールの大きなものも沢山あってビックリです。

こうなるとヘリコプターかセスナ機で遊覧観光とか新たなビジネスも展開出来そうですが、今、この「田んぼアート」が村おこし、町おこしの有力アイテムとして注目され出したとのことです。

バラエティーに富んだ色彩は種類の違った苗を利用しているそうですが、それにしても日本人の芸術感性の高さには、ホトホト感心させられます。

(^-^)M・S

.. 2013年07月23日 15:47   No.573010


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