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■--やれやれ
++ 伝 (小学校中学年)…18回          

ニュースを聞いていたら、君ヶ代の伴奏を拒否した音楽教諭が訓戒処分をうけて、思想良心の自由を侵されたとかいう理由で訴えていたのが、最高裁判所で、それにはあたらないということになったとか。こんなことで最高裁までいく世の中かと思った。しかし命令の前に説得が必要である。説得がむつかしければ、なにもいやな者に伴奏させるには及ばない。小学校ならピアノのひける女の先生は何人もいる筈だ。いやいやひいてもらうより、よろこんでやる人に伴奏してもらうのが少々腕がおちても心がこもっているほうがよい。何誰もひきたがらない?そんな学校を義務教育にするな。
.. 2007年02月27日 20:13   No.54001

++ タク (高校生)…69回       
過去、「日の丸・君が代」あっという間に決まってしまったのには驚きました。
良いのか悪いのかは賛成か反対かは別にして思想は個人の自由だと思うのですで、百年まえの時代にタイムスリップするのではないのかと思っちゃいました(笑)
この時は、小泉首相は、女性と若い方の国民の支持得ていましたからね。
法制は、有事関連法が発動され、自衛隊が力を持つようになります。
まぁ〜自衛隊が関東軍のように暴走するとは思えませんが・・・自衛隊を海外へ派遣することまでやっているわけですから再び戦争に荷担し、滅亡の道を歩むことも考えられます。
このままでは、今の幼い子供もやがては、そのまた子供も戦場に駆り出されることになるのは遠い先のことではないような気がします。

.. 2007年02月28日 06:09   No.54002
++ 六 (小学校中学年)…11回       
新聞でみたら、訓戒ではなく懲戒でしたね。それで怒って裁判ですかね。こういう具体的なことは当事者が迷惑するかもしれないから書きにくい気がしますね。私が小学校のころは君が代を歌っていたというたしかな記憶があります。「こけのむすまで」を「むうすうまーあーでー」と歌って「むうすう」とは何のことだろう、どういう意味だろうと思って歌った記憶があります。国歌斉唱一同起立の声とともに、意味もわからず、式の歌として形式的に歌っていたですね。ピアノ伴奏も何か形式的な感じで、音楽的に感銘した記憶はありませんね。中学になると歌ったのか歌わなかったのか記憶にありません。高校ではたしかに歌わなかったと思う。歌の解釈については一度も聞いたことがありません。ついでに言うと「蛍の光」も「いつしか年もすぎのとを」の「過ぎのと」をと?ってなんだろうと思っていました。大人になって文学にくわしい人に聞いたのですが、
  いつしか年も過ぎ
        杉 の戸をあけてぞ今朝は別れ行く
ということで、すぎは過ぎと杉の掛詞なのですね。いつしか年も過ぎて、学舎の杉の戸をあけて新しい旅立ちにわかれゆくという意味だというのです。こどもにわからんと思って説明しなかったのか先生自身も知らなかったのかどっちかしらないけれど、意味も教えたほうがいい。

.. 2007年02月28日 21:29   No.54003
++ タク (大学生)…71回       
自・公・保の連立政権は、1999年に国旗・国歌法を成立させました。その年の12月、デトロイト総領事館の恒例行事となっている天皇誕生日レセプションで、今までは国歌を流したり国旗を飾ったりすることは、在外公館長の判断に任されていたのですが、この年は国旗・国歌法が成立したばかりということもあり、「国旗の掲揚と国歌の演奏を行うべし」という訓令が本省から届いたそうです。

その時に何人かの米国人から、「君が代」の「君」とは誰のことなのかと尋ねられたエピソードがあります。その解釈は政治的にデリケートな問題でもあるので、外務職員は本省にその解釈を確認すると返事が返ってこないので、総領事館にある文化・広報資料から関係資料を調べ、国歌の歌詞の意味を調べてみると、そこには「君」とは天皇陛下を指す言葉で、「君が代」の歌詞には、その御世が末永く続くようにという願いがこめられている、と説明されていた。

暫くして本省から連絡が入り「外務省の広報資料は、外部に委託して作成したものであり政府の見解ではない、しかも国旗・国歌法が成立する前に作成されたものなので、もはや正確ではない、現在新しい広報資料を作り直しているので古い広報資料は回収したい」と言ってきたそうです。何故そのような連絡をしてきたのか。「君が代」の意味を「天皇の治世の代」と認めると、国家の制定に反対する人を勢いづかせることになると、政治家から外務省に横槍が入ったのだという話が伝わってきたそうです。

.. 2007年03月01日 14:19   No.54004
++ 伝六 (中学生)…41回       
ますます、やれやれですね。もとの歌はどうだったかしらないけれど、日本人は君とは天皇だとたいていの人は思っているでしょう。「君」の意味をあやふやにしておいて、国歌として成立させてしまった。伴奏をことわった音楽教師は君とは天皇のことだと考えて伴奏をことわったのでしょう。理屈からいえば、公立学校の教育公務員は、現憲法でも天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴なのだから、天皇君臨をたたえる歌を拒否したいのなら、公立学校をやめて、君が代を歌わない私立学校に就職すべきだとなりますが、これは理屈です。だいたい天皇陛下は常に国民の幸福を念じている存在なのです。われわれは自分や家族の幸福を念じるけれど、どうかすると、他人はけとばしてでもというのが多い。道義的に高い者、己を捨てて世のため人のために考え行動する人が高い地位にいることが人間社会の幸福なのです。ところがなかなかそうでない。ところが天皇陛下は世のため人の為が職分??になっている方なのです。りくつボケした人間にはそれが見えないのです。天皇が自分より道義的に低いかのごとく考えているばか者がいます。あやまれるかなあやまれるかな、しかし先入主が強いから、すこし書いたくらいでは、わかるところまでいかないでしょう。
.. 2007年03月01日 23:10   No.54005
++ タク (大学生)…73回       
外国人にはどう説明したらよいのかと、外務担当者が本省の公式見解を確かめたいと思い早速照会すると本省から以下の答えが返ってくる。
「現在のところまだ解釈が統一されていないので答えられない。天皇誕生日のレセプションまでには間に合わないので、聞かれれば個人的な意見として適当に答えてよい」との事。
解釈のできない歌詞を国家として法制化する政府の無責任さもさることながら、解釈を統一しないまま、天皇誕生日のレセプションにおいて演奏せよと訓令を出してくる外務省もどうなっているのだろう。それから暫く経って作成された外務省の広報資料には、意味不明な次のような主旨の解説が掲載されています。

「政府の解釈は、1999年の小渕恵三首相の国会答弁で述べられている。君とは主権者である国民の意思に由来する、日本国及び国民の統合の象徴として天皇の事であり、君が代とは全体としてそのような日本国の状態を意味する。この国家の歌詞はそのような日本の平和と繁栄の状態が、末永く続くことを祈念する意味であると解釈するのが適当である」何だか意味不明です。(笑)

.. 2007年03月04日 08:07   No.54006


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