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2003年頃から核武装論が台頭し始めたが、推進側に原子力・核技術や国際政治・安全保障の専門家の声は聞かれない。感情的、非現実的な理論だ。1950年代頃から、アジアの周辺諸国の情勢変化をにらんだ米国による日本核武装シナリオが謳われていたが、日本では否定的だった。02年の拉致表面化やウラン濃縮疑惑から北朝鮮対策としての核武装論が公言を憚らないようになったが、外交の専門家は米国が日本の核武装を支持しているかのような論調を「日本を弄んでいる」と批判的に見ている。米国の真の狙いは、中国の核抑止力を引き出すことにあると思われるからだ。しかも実際には、日本は中国にとって脅威ではない。 仮に日本が核武装するならNPT(核拡散防止条約)を脱退しなければならないが、現状では制裁の対象となり得る一方的な脱退となる。核武装の方法としては、米国からの供与と自前での製造と2通りあるが、いずれもNPT違反。原料ウラン供給国には事前同意権及び返還請求権があり、貿易立国でIAEA(国際原子力機関)査察の最重要国でもある日本にとって、そもそも自前での核武装は現実問題としてほぼ不可能だ。実は国際条約を違反する是非を問う非現実的な議論であるにもかかわらず、核武装論議が促されるのは、このところの国家主義的な動き(防衛庁→省、新・教育基本法、共謀罪等の法制化など)と無関係とは思えない。 核(原子力)を巡っては、「準国産」エネルギー、科学技術の推進、外交カード(核兵器製造の潜在能力の保持)と、各省庁の政策が絡んでおり、将来的には「核燃料の供給国に」という国の思惑がある。そのため、核燃料サイクル政策が堅持されているが、それは”潜在能力”を保持したいからでもあり、それゆえ再処理と高速増殖炉を商業目的で維持する必要があるのではないか。
.. 2007年01月21日 08:57 No.46001
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