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■--テント日誌
++ タッチー (幼稚園生)…1回          

<テント日誌 1/1(日)>
     今年は正念場 しなやかな気持ちで新年を迎える
       ―― 経産省前テントひろば 113日目 ――

 1月1日(日) 曇り

テントは昨日来のオールナイトの盛り上がりの余韻を残し、テント前は賑わい、炊き出しや新年アピール放映が行われている。椎名さんは福島の子ども達に話が及ぶと思わず目に涙が・・・。同時に、昨夜来の疲れもあって眠りこけている人も多い。

 今日も第3テントの皆様の炊き出しで、おいしいうどんや、暖かいコーヒーに座り込みの仲間の顔がほころびます。交差点を行き交う乗用車、初もうでらしき人々、観光客風の外国の人々など、意外と交通量はあって、今朝の東京新聞を見たと言って訪ねてくる方も。(東京新聞の一面下のコラムに、テントひろばでの昨夜のオールナイトのイベントのことが記されていた。)私は、簡易
着物を着こんで、2号テントの受付デスクを外に出してもらって、お抹茶をたてて、受付と呼びかけ、テントの中では椎名さんや、鎌倉デュオ、など、数名の方が大掃除。年末に届いた大量の飲料水や湯たんぽなどを整理し、テントの中に置かれた私物は各自引き取っていただきました。
 
 次々と届く差し入れで、華やいだ食卓となりました。お抹茶は、略式というよりも、2杯ずつ流れ作業で、淹れては紙コップに移し替えてお渡しする方式でちょうど良い塩梅の人出。意外と好評で、おかわりの声も。特筆すべきは、小学生の子どもを自転車に乗せた若いお母さんが、「子供の質問なのですが、どうして、デモをしないで皆さんは座っているの?」と尋ねていらっしゃっ
て、話が弾みました。脱原発・デモが好意的に捉えられた上での疑問を携えての訪問ということに、私たちは確かな手ごたえを感じ取りました。連日通っていらっしゃる斎藤美智子さんが、嬉しそうにその母子を見送りながら、「毎日ずーっとデモでは身が持たない」とぽつり。ほんとうに、テントで交流しながら座り込み闘争ができることはありがたいことです。2号テントには、脱原発
お札が張り出されて、皆でその周りをあれこれと工夫して飾り立て、お賽銭箱も登場、○○ガミさんも登場して、テントの周囲は、正にありがたい雰囲気が漂っています。

 「東北のボランティアの帰りですが、ツイッターで見て、来たかった、名古屋に帰る途中で高速降りてきました」という青年が質素な作業服のポケットからお札をカンパ箱に。また、いかにも下町っ子らしい作業着姿の親父さんは、「ほら コレッ」と東京新聞を差し出した後、ご祝儀袋にお札を入れてカンパ箱に。マイクでお話をしていると、信号待ちの都バスの中から、年配の男性が手を振ってくれたり、乗用車の若者たちが車の窓から身を乗り出して興味深そうに見てくれるので、椎名さんがスマイリングサンシールを差し上げると喜んで下さったり、右翼も警察も妨害が無いまま3時までの生活時間展開は年初から大成功!                              

                           ( タッチー )
.. 2012年01月06日 08:24   No.357001

++ Y・T (小学校中学年)…16回       
<テント日誌 1/2(月)>
 新年2日目も、テントひろばは賑わって
 ―― 経産省前テントひろば 114日目――

1月2日(火) 曇り後晴れ
 今日は風が強く、冷たい。とくに午後と夜には強風が舞う。そのたびにテントはバタバタとはためき、揺れるほどに。
 午前中は、さすがに31日、1日の疲れがあってか人も少なく、ひっそりと静まっていた。が、午後になると次々と人が集まり、相変わらずの賑わいに。
 この日は近くで一般参賀があり、その帰りに右翼の来襲が懸念されたが、罵詈雑言垂れ流しの小さめのワゴンが1台、足早に通り過ぎただけ。
 同じ一般参賀の帰り道の母子連れがテントに立ち寄り、訪問者名簿に記帳していく。

 昨日も5万円ものカンパをしていただいた方がおられたが、今日も3万円のカンパをして下さった方が。有り難く頂戴する。
 元旦に届いたテントへの年賀状50通ほどに目を通す。本当に全国各地から熱い想いが寄せられている。ここでまとめてお礼を申し上げておきたい。
 なかでも富山の方々からの賀状が多かったが、そういえばテントの前に、富山の北陸電力本社前でランチタイムアピール行動を続けておられる方々からの新年のメセージと、行動の写真が張り出してあった。経産省前テントはこのように全国の人々の行動と強く結ばれているのだと感じる。

 テントの前は、昨日に引き続いて、炊き出しあり、野点あり、そして囲碁大会に書き初めと賑わっている。とくに埼玉からきた16歳の高校生が、お札でカンパをした後、囲碁大会に参加し、何十歳も年上の囲碁自慢たちをなぎ倒し、ついに70代の腕自慢と頂上決戦の名人戦。なかなかの見応えある真剣勝負に。また、三多摩方面から訪れたミュージシャンたちのライブに踊りの輪もできる、まるで大人の学園祭みたい状態。マリオさん、ボケ丸さん、寒い中有難う!テントの中では、老若織りまぜて、原発問題での熱い議論がひとしきり続く。
 椎名さんは、救援連絡センターを訪ねたり、渋谷の仲間たちの越冬闘争に合流して芝居を観たりと、寒い中をたくさん歩いた後、テントにご帰還。強風が吹き付ける中、テントの夜は更けていく。今日の泊まり込み人員は多い。
                            ( Y・T )

.. 2012年01月06日 09:59   No.357002
++ タッチー (幼稚園生)…2回       
<テント日誌 1/6(金)>
 ストレステスト公聴会とお茶会と
  ―― 経産省前テントひろば 118日目 ――

 今朝は、テントの後ろに建つ経産省本館地下の講堂でストレステストの公聴会があり、多くの仲間と傍聴、めいっぱい東大の岡本教授をヤジってきました。9時からの傍聴に先立ち、10名近い仲間で、岡本たちが献金受けているという元旦の朝日の記事をコピーしたビラを本館で配りました。マイクはなしでしたが、とても受け取る方が多くて、時間が短かったのが残念でした。

 公聴会は、委員になってる後藤正志さん、井野さんの突っ込みが素晴らしくて、3時間の予定が30分程伸びて、散会後も残って糾弾している傍聴者もいるような熱気あふれるものとなりました。内容は、たんぽぽ舎などのサイトをご覧ください。
 私が特に印象に残ったのは、北海道電力がたくさんの若手社員引き連れて来ていて、うーん、こいつらを相手にこれからたたかって行くのかと思うと、悔しくてたまらんかったこと。突込をする委員も、傍聴も、傍聴も、こちらの仲間は相当年季が入っている。後ろのステージ上のカメラで写されたら、それは一目瞭然、頭髪の具合で…。

 女性テントでの午後のお茶会、5日・6日とまとめての報告です。
 5日はお茶会参加者、全部で6名。
 山梨からの退職教員の方、とそのお友達?草加からの退職教員の方、新宿西口のイラク反戦スタンディングに参加している方、原発事故で不妊治療を断念したという方、皆さん、初めて訪れた方でしたが、話が弾み、私がたんぽぽ舎のボランティアのTさんと横浜会議での大間原発の展示の企画をしているというお話をしたところ、大間原発について詳しく知りたいというお話や、福島の
子どもが心配というお話などで盛り上がりました。
 炬燵で話し込んでいると、ビニールの向こうから、ちらちらと中を伺う方の様子が見えるのですが、ひとりで5人の方とお話しながら、外の呼び込みまでは、残念ながらできかねました。

 6日のお茶会は、お天気が良かったので、外で座り込みながら、おにぎり食べてお話をしたりしていたら、可愛いお孫さんたちを連れて一家でテントを訪れた、女性テントのお泊りもしてらっしゃるMさんたちにテント周辺は一気に賑やかになって、そこへ、群馬でのサーカス学校を放射能汚染のために閉めたという校長さんと生徒さんが現われ、また、一段とにぎやかに。
他にも、数人、初対面同士でも、話がはずむ。        (タッチー)

.. 2012年01月08日 08:19   No.357003
++ M/O (幼稚園生)…2回       
.<テント日誌 1/3(火)>
    全国から届けられた年賀状のご紹介
    ―― 経産省前テントひろば 115日目 ――

 「案ずるより産むが易すし」というがテント前広場の年末年始の特別態勢は成功裡の内にやり抜けた。12月29日から1月3日はそれぞれ忙しさに追われてテント広場も手薄になるのではないかと懸念したのだけれどそれは杞憂だった。
 この日誌でも報告されているように、多くの企画が持ち込まれそれぞれ盛会だったのである。レーバーネットのみなさんが寒風に晒されながらネットの生中継をやっていただいたのも大きかった。テント前から大NHKに対抗して紅白歌合戦や「いく年くる年」などが行われるなんて以前なら想像できなかったことである。
 そうは言っても多くの皆さんが様々の形でこの期間を支えていただいたからこそ、事態はうまく行ったのであり、あらためて感謝をしたい。一人ひとりの力で支えあって維持されているテント広場であるが、それが発揮されたといえるのだろう。

 この期間を利用してテントを訪れるという人は多かったが、今日も仙台や愛知、あるいは横浜の人たちが来られた。仙台は東日本大震災で被災した地方であり、現在も復興や復旧に大変であるが、放射能汚染については新宿並みということで福島との落差を感じられているとのことだった。
 復旧が進むにつれて同じ被災地でも原発震災や放射能汚染をめぐる差異はでてくるのであろうが、どうしていいのか悩んでいるとのことだった。これは切実なことであるように思える。
 愛知の方は地方では運動が停滞しているという実感を持っておられるようであった。今年の反原発運動を暗示しているかも知れないと感じさせるようでもありこころに残った。

 12月27日の日誌で年賀状のお願いをしたのであるが、ちょっと遅すぎたかなというのがテント内の声だった。それでも現在、55通程頂いている。これらはほとんど12月27日以前に投函されたものと推定されるから今後もっと増えると思える。地方(首都圏以外)の方が半数以上であるが、少し紹介させていただく。

 「寒風の中に起つ皆さんの姿に勇気をもらって新しい年を迎えております。
富山の雪空のなかでも″原発いらんちゃ″と北陸電力本社前で行動をいたしております。共に連帯のこころをお届けします」(富山のTさん)。
 「日々御苦労さまです。私も自分の住んでいるところでできることをやっていこう、とテント広場でがんばっておられる方に励まされています。ありがとう?」(滋賀のMさん)。
 「新しい年がきました。私と息子は埼玉から岡山へ年末に疎開しました。部屋探しに行く日に、テント広場に寄りました。さむかったです〜。毛布を貸して頂きしばらく座りました。みなさん、体に気をつけてくださいね。私と息子(4才にしてデモ7回参戦です)も岡山で元気に脱原発に向けて頑張ります」(岡山のMさん)。4才の息子さんの元気な姿が印刷されていて、思わず心が
なごんだ。
 「30年年賀状を書いたことありません。今日、そちらに伺い、急いでハガキを書きました。また、遊びに行きます。皆で共に歩いて行きましょう」(館山市のMさん)。30年ぶりの年賀状をありがとう。

 1月4日からはテントも通常(?)の態勢に戻る。そして、今年の決意をこめた餅つきがある。拳を挙げての歌ではなく餅つきがテント広場の決意というのもいいと思う。美味しいお餅を想像したら明日の楽しくなった。
                               (M/O)

.. 2012年01月09日 08:17   No.357004
++ タッチー (幼稚園生)…3回       
今日は、夕刻から椎名さんを案内して、山谷の越冬闘争に参加する。山谷に着いたのは、5時近く、配食を始める前の連絡のハンドマイクをお借りして挨拶をさせていただきました。橘がまず、福島弁で経産省前で原発をなくすためのテント闘争が展開されていること、デモやテントでの交流など、山谷の仲間たちとの共闘は、大変心強い、今年もよろしくお願いします。そういうお話をし
て椎名さんをご紹介。

 「野宿を強いられる人々の困難な生活、放射能の危険にさらされる福島の人々、共に状況は厳しいが国が弱者を切り捨てていくことを許さず、命を削ってでも立ち向かって闘って行きたい」という彼女の渾身のスピーチに山谷の仲間たちから拍手が沸き起こる。昨夜の渋谷の越冬闘争とは打って変わり、人いきれがセンター前の路地一帯を圧倒するような寄せ場での炊き出しの雰囲気は
独特のものがある。                    (タッチー)

.. 2012年01月09日 09:48   No.357005
++ Y・T (小学校中学年)…17回       
<テント日誌 1/4(水)>
 脱原発新年餅つき大会は盛大に!
 誰もかも 心ひとつの テント前
  ―― 経産省前テントひろば 116日目――

1月4日(水) 晴れ 後曇り
 今日は新年餅つき大会である。天気は晴れ、風もなく穏やかな陽気。12時頃にはテント前はもうたくさんの人が集まっている。第2テントの横に臼が置かれ、テント前には、つきあがった餅を丸めてあんこ、きな粉、おろし、納豆をまぶして食べられるように、用意が調えられている。餅米を蒸すのは公安の了解の下、日比谷公園で行うことに。が、公園事務所は許可せず、やむなく公
園と歩道の境の空間で公安が見守る中、2人行ったそうだ。ところが、30分もした頃、丸の内署の制服警官20名程が撤去!と叫びながら押し寄せ取り囲む。で、やむなく撤収。
 取りあえず最初のぶんをテントに届けた後、急遽、テントの弁護対策をしていただいている弁護士さんの法律事務所に移動して、なんと法律事務所内で餅米蒸しをさせていただく。

 予定の1時を少し過ぎたところでいよいよ餅つき開始。一斉に臼の前には黒山の人だかりが。そしてつきあがると、この餅をもっての各省庁への挨拶回りの出陣式。

 椎名さんが挨拶文を読み上げる。経産省、財務省、文科省、外務省、農水省、厚労省の6つの省庁を4人が正装して回るも、各省庁はお餅の受け取りは拒否。挨拶文は受け取ったそうであるが。

 そのあとは次々とつきあがってくるお餅をみんなでいただく。豚汁の炊き出しもあり。ともかく、警察の介入や経産省の査察などもありつつも、無事、餅つき大会は大成功のうちに終わった。参加者は総数150名にも及ぶ程に。
その熱気が冷めやらぬうちに、川柳大会が行われ、乱鬼龍さんの選定により、標題の句が優秀賞を獲得。

 〜 誰もかも 心ひとつの テント前 〜
   ─────・─────・─────・─────・─────
☆☆テントひろばへの抱負、期待、要望、意見など、様々な思いを寄せて下さい。可能な限りテント日誌でご紹介します。
 またそれらを集めた「テントひろば通信」の発行も考えています☆☆
郵便なら、
 〒100-0013 東京都千代田区霞が関1−3−1 経産省前テントひろば
メールなら 電子メール アドレス : tentohiroba@gmail.com へ。
実名・ハンドルネーム・イニシアル・匿名なんでもありです。
地域名、年齢、性別は記入していただくとありがたいです。
                            ( Y・T )

.. 2012年01月09日 10:13   No.357006
++ Y・T (小学校中学年)…18回       
<テント日誌 1/5(木)>
   年末〜年始の怒濤の日々が過ぎてひっそりと
   ―― 経産省前テントひろば 117日目 ――

1月5日(木) 晴れ。穏やかな一日。
 年末〜年始の怒濤の日々も昨日の餅つき大会をもってひとまず終え、今日のテントはひっそりと、ゆったりした時間が流れている。

 朝日新聞の特別報道部の記者が取材にくる。この記者氏が言うには、朝日は社説で脱原発を打ち出して以降、原発問題での取材は随分自由になり、関連記事も多くなったとのことである。
 読み手の側の評価はいろいろあるだろうが、現場記者の実感はこのようである。その実感がどのように紙面に表現されていくのか、見守りたい。

 そういえば、朝日は元旦の新聞のトップ記事で、原子力安全委員会の委員達が原発メーカーの三菱重工等から、5年間にわたって巨額の献金を受け取っていたことをスクープした。その1人が、「ストレステストに係わる意見聴取会」の司会進行役をしている岡本孝司東大教授である。しかも審査対象の多くは三菱重工製造の原子炉だという。阿部・山口を含めた3名までが利益相反者
によって占められているそうだ。この3名は即刻ストレス委員を辞任せよ!というのは至極当然のことであろう。意見聴取会は1月6日にも開催される。           ( Y・T )

.. 2012年01月10日 09:27   No.357007
++ T.E (幼稚園生)…1回       
新年餅つき大会のレポートが、当日の責任者の方から届いているので、昨日の報告と重複するところもあるが、より真に迫っているので掲載します。

 今日は餅つき、波乱の1日だった。経産省はこのところ、そこが弱点とみたか火気使用についてうるさく言ってくる。この点に関しては、右翼の放火云々の懸念もあり、我々も厳しく自主管理を行っている。夜間には不寝番をおき、発電機もカセットボンベ型にし、ガソリン使用はやめた。ストーブもカセット型だ。さて、プロパンを使う餅つきはどうするか。三つのテントが並ぶ狭いテン
トひろばに、その余地はない。 担当者鳩首の上、もち米を蒸かすのは近くの日比谷公園でやることにした。午後1時すぎ、最初の蒸篭が届き餅つき開始。搗き手は体力抜群サミーこと広瀬君だ。

 彼は手並み鮮やかな鍋奉行を兼ねる。餅つきは暮れにやるのが一般的だが、新しい年を迎えてお隣さん方へ「今年もよろしく」と挨拶しとくのもよろしかろうということで1月4日となった。
 お隣さん方とは、経産省、外務省、財務省に農水省である。1月4日は官庁街も仕事はじめ、黒ずくめの官僚集団が通りを埋める。女性職員の華やかな和服姿はほとんど見られない。大震災、原発事故への自粛の表れなのだろうか。

 今日の餅つきに参加したあるフリージャーナリストが問いかけてきた。
 「テントで遊び事していると批判する人もいるかと思われますが」「そうねー。餅を搗いて、仲間うちだけではなく、通りがかりの人や、隣近所などにふるまうというのはきわめて人間的でオープンだという表明でもあるわけで。テントの精神だということかなー。」

 初臼に威勢のいい掛け声がかけられているその頃、日比谷公園では思わぬ事態が進行していた。誰の迷惑になりようもない公園の一角での炊飯になんと丸の内署の警官多数が警備課長を先頭に押しかけてきたという。彼らによれば、「110番が何度もあったから」だという。嘘も休み休み言え。正月早々そんなことで110番するひま人がいるか。とはいうものの、公園での炊事は中断のやむな
きに至り、急遽西新橋のO弁護士事務所をお借りして急場をしのぐこととなった。

 一方、テントひろばでは「未来を孕むとつきとおかの女たちのテント村行動」の椎名さん、事務局のひまわりさん、東電前アクションの園さん、テントひろばの代表として正清さんの4名がアンコやきな粉餅を盛ったお皿を手に、お隣さんがたへの新年の挨拶に向かった。

 結果、挨拶状は各省共受け取った。お餅は受け取らないので置いてきた。経産省は例の課長が置いたお餅を持って慌てて追いかけてきた。外務省は外の門から一歩も中へ入れようとしない。農水省は警備担当者ではなく秘書課の課長が降りてきて、椎名さんの挨拶にもそれなりの対応だった。各省の対応の違いに原発との距離感が表れているようだ。餅つきはその後順調に経過、昔取った
杵柄組やひまわりさんなども参加、トン汁などの炊き出しもあり、テント前は終日賑わった。                       (T.E)

.. 2012年01月10日 09:38   No.357008
++ タッチー (幼稚園生)…4回       
<テント日誌 1/7(土)>
   新年お茶会最終日、千客万来 土曜日のテント
   ― 経産省前テントひろば 119日目 ―

1月7日(土)快晴。
連休ということもあって、7日(土)のテントは一段とにぎやかで、女性テントでは、行列状態で、少しお話をしたグループが抜けるとまた、次の方がテントへ、というローテーションでなんとか、訪問してくれた人たちが譲り合って交流して、充実した休日を過ごして下さいました。
 福島県の郡山から小学生のお子さんを連れて避難していらした方が、まだ避難には至っていないやはり子連れの友人と共にいらして、福島の状況の報告会となり、学生さんたちのグループや、柏、佐倉などからの仲間たちと色々なことをお
訪ねして、こどもさんにも、スケッチブックに書き込んでいただきました。
 学生さんたちは、椎名さんとのつながりでいらしたということで、28日の土曜日には、より多くの仲間で再訪したいとおっしゃって下さいました。
 東京女子大の方が、「大学は施設も使えるし、DVDなどの資料も豊富にあり、そういうものを活用して、学生たちに原発のこと、放射能のこと、福島のこと広く伝えていきたい」と熱く語ってくれました。
 京都精華大で、(我々の世代なら皆書架にある、「性と文化の革命」の訳者の)中尾ハジメさんの教え子だったという若いバックパッカーの女性ふたり、京都から夜行バスで来て、更に、深夜の新宿発の夜行バスで仙台に行き、福島もまわっ
てくるのだと、自分たちのお弁当の玄米おにぎりをテントの仲間にもおすそ分けしてくれる健気さにホロリ。
 京都精華大はいち早く福島の子どもの避難で動き始めたところで、彼女らが手書きで出したビラが4月の20ミリ?撤回要求政府交渉の際に配られ、それに触発されて、私たちも、多くの仲間もサマーキャンプなど取り組み、避難を求める運動の強い刺激になりました。あらためて彼女たちの「始めの一歩」に感謝。
 夜も更けて、外の座り込みの仲間たちも引き上げる頃、外国人ご一行様到着。
「核分裂過程」というドキュメント映画で描かれている、ドイツの80年代の核燃料再処理工場反対闘争の、ヴァッカースドルフの闘争現場に行っていた、という日本語のお上手なドイツからの女性が、タクシー運転手をしているというオランダ人の友人、広島出身の日本人女性と共に訪問。
 ドイツの反原発闘争のことや、ドイツではファシストとの共闘など、考えられないことなど、話して下さいました。今年、息子さんが、日本の脱原発運動の研究のために来日されるとのこと。放送大学のT君も一生懸命、英語などで話しかけてました。
 彼らが、離日する前にまた記念撮影のためにテントに来たい、と言い残して出ていくのと入れ替わりに、今度は、関西から来て、明日から仙台や福島に行くという小児科のお医者さん、おふたり、子ども達を放射能から守るお医者さんのネ
ットワークを山田真さんと共にやっていらっしゃる、ということで、彼らの本をテントに頂きました。
他にも、寒い中外で座り込んで下さる方、様々な差し入れを下さった方、「近くに住んでいるので、毛布とかカイロとか、なんでも持ってくる」と立ち寄って下さった方、などひきも切らぬ先客万来のお正月を振り返り、テントのローテの拡
充の必要性を感じます。それと週末は夜の「生活時間」も考えた方がいいのでは。
                           (タッチー)

.. 2012年01月11日 14:37   No.357009
++ Y・T (小学校中学年)…19回       
 第1テントには、夜のとばりが降りた頃、15歳の中3生がテントにやってくる。先日も来たそうである。進学高校先も決まっていて、毎日動き回っているそうな。結構仲間もいるという。以前から参加している海岸を守るNPOでは、汚染水の海洋投棄から反原発への意識は高まっているそうである。
 放射能の被曝の影響や、核のゴミは、自分たち子ども達が最も負わされるものであるから、子ども達が結び合って声を上げていかねば、と静かな口調で語る。でも、大人達にも支えられてそれは可能なのだ、と付け加える。
 最大55の年齢差を越えて話や気持ちが通じ合い、未来への可能性を大いに感じさせてくれる一刻であった。(Y・T)

.. 2012年01月11日 15:03   No.357010
++ H・H (幼稚園生)…1回       
<テント日誌 1/8(日)>
     40年では遅すぎる!1日も早い全原発停止を!
      ―― 経産省前テントひろば 120日目 ――

1月8日(日) 晴れ。
 寒い日々ですが、風がそれ程でもないので日がさすと過ごしやすいです。門松も片付けられましたが、地方によってはもっと長い期間飾る地域もあるようです。
 正月明け連休の日曜日。霞ヶ関は人通りも車の通りもさすがに少ないです。

 奈良からいらっしゃった方からお菓子をいただきました。チーズのようなお菓子なのですが、名前を控える前に無くなってしまって紹介できないダメな日誌担当です。申し訳ありません。(たぶん「蘇」です。)
 私事ですが、」正月に年賀メールでテントの事を紹介したら昨日大学の後輩が寄ってくれました。長崎出身なので原爆にまつわる社会の動きなどの市民的実体験を教わりました。
 120日も経つとテントの横幕を止める紐なども劣化していて補修が必要だったりして毎日少しずつ直しています。修繕しながら高経年化の話なども考えながら。

 政府の原子力安全規制で40年で廃炉という基本方針が盛り込まれたそうですが、もともとは30年と言っていなかったか?
 たとえば、PWRでは圧力容器が中性子を受けると脆くなるので、古い原発は軒並み問題があります。鋼鉄が脆くなると、冷たい水をかけると壊れてしまうので緊急時に大変問題があります。

 どのくらい脆くなったか試験をする勤続の板があらかじめ原子炉の中に入れてあるのです。定期的に取り出して試験をするので、後から運転期間を伸ばそうとしたら、試験片の再利用とか信頼性を疑われることをすることになります。
 例外として更に長い運転ができるという抜け道もあります。
 もっと圧力をかけ、一日も早い全原発停止を目指しましょう。
                            ( H・H )

.. 2012年01月12日 09:14   No.357011
++ TOKU-SAN (幼稚園生)…1回       
<テント日誌 1/9(月)>
   穏やかな日差しと色々な人達の暖かさに包まれて、今日もほっこり、
   連休最終日1月9日(月)成人の日の経産省前テントひろば
   ―― 経産省前テントひろば 121日目 ――

 テントの泊まり担当だったこの日は5時迄不寝番をやり、朝7時に起床。三連休最終日の霞ヶ関は、とてもよい天気。明け方はとても寒かったが、比較的暖かく、今日もたくさんの人がテントに来てくれそうな気がする。寝袋と毛布をたたみ、起きて行くと、5時に不寝番を交代したテントのウィリーネルソンこと愛称Qさんが、すでに、朝ごはんの準備をしていた。私も見習い料理担当としてお手伝いで参加し、三理塚の農家の方からいただいた野菜などを使って、男二人で朝ごはんの準備。(料理と言っても、切るだけの男料理)
 9時半くらいになって、第2テントの方にあさこハウスへのはがきを書きにきたというKさんがやって来た。Kさんは女たちの座り込みに参加し、それ以降もちょくちょくテントに来てくれていると言う。そこへたんぽぽ舎のHさんも現れ、皆で楽しく朝食会。
 杉並から、テントに初めて来たという女性が来られて、テントの中でたんぽぽ舎のHさんに質問をしながら、熱心にメモをとっていらした。いつもながら女性の方達の行動力と真摯な姿勢には頭が下がる。テントには、毎日いろいろな人達がいらっしゃるが、必ずと言っていいほど、「また来ます」と言って帰って下さる。皆さん、テントの中で色々な人と話すことによって、何かしら答えらしきものを得て帰って行ってくれているのだと思う。テントの中で、泊まり服から、着替えをしていると、外で「Qちゃ〜ん」というかわいらしい声が。テントのアイドル5歳のSちゃん。フランス人のパパと日本人のママと一緒に、今年になって初めてのテントへの来訪。Sちゃんはテントの雰囲気を一瞬にして和ませてくれる。本当に癒される。
 座り込みをしていると、一緒に女たちの座り込みを手伝ったTさんがやって来た。話を聞くと、3月11日に東京で開催を予定している脱原発イベントの打ち合わせに参加をするために第2テントにやって来たと言う事。
 国策の原発によって、福島の人達に損害を負わせたにも関わらず、1年経っても相変わらず政府や県の対応は、子供達の命と被災した人達の生活を犠牲にしている。3月11日には、郡山市で県民大会が開催されるらしいが、くれぐれも、福島で被災され、政策によって犠牲にされて現在も苦しまれている人達の事を第一に考えた政策を実現させるためのものになって欲しい。
 昼間の時間帯は、テントの前の座り込みは人で一杯。比較的年齢が高い方達が多い。
 座り込みの中には、いつもテントに来て下さるご高齢の斉藤美智子さんの姿もあり、いつものようにトラメガを使って、脱原発の必要性を演説されていた。

.. 2012年01月12日 10:52   No.357012
++ TOKU-SAN (幼稚園生)…2回       
 311以降に脱原発の運動に参加した私にとっては、それ以前からずっと原発の廃止を訴えて来られた斉藤さんの「原発を止めることが出来ずに申し訳ない気持ちでいっぱいです」という言葉は、非常に重く、心に突き刺さってくる。
 福島のいわきから初めてテントに来たという30歳の男性の方も、テントの中で話をされた後に、座り込みに参加し、座り込みをされている他の方達と熱心に話込んでいた。
 若い人達があまりテントに来ないという話をすると、自分より若い人達は、中々原発関係の事に参加してくれないと嘆いていらしたが、テントの事は、広めますと言って下さった。
 また、テントひろばもカンパ集めに協力している「わたり土湯ぽかぽかプロジェクト(通称:ぽかプロ)」の話になり、いわきでも線量の高いところがあるが、温泉地で線量の低いところもあり、同じように一時疎開が出来るのではないかと仰っていた。
 夕方、茨城から来られたミュージシャンのがWさんがいらした。差し入れに握り飯をつくって持ってきて下さっていて、ご馳走になったのだが、これが本当においしい。
 話を聞くと、茨城でとれるお米は本当においしいと言う評価を受けているらしく、帝国ホテルでも茨城さんの米を使っていたらしい。今年は風評の関係で使うのをやめたらしいが、こんなにおいしいのであれば、「○○産」だから使わないのではなく、きちんと測って、使って欲しいものだ。その方も国がデータを測らない事、公表しない事に対して激しく怒っていた。
 夜になると、朝一で来たKさんが、一度テントを見てみたいと言っていたというお友達を連れて、又やって来た。テントの中では、いつもテントに来ているミュージシャンのTさんも加わり、脱原発ソング歌合戦に。ぜひ二人にテントひろばで脱原発ソングのミニライブを開いてもらいたい。
 11時を回り、本日の泊まりの担当者が全員揃ったので、テントを後にして、帰路へ着く。テントにいた時間は長く、外の風は冷たかったけど、色々な人と話が出来、充実して、ほっこりした一日でした。皆の思いが通じ、国民世論によって、原発がとまりますように。(TOKU-SAN)

.. 2012年01月12日 11:07   No.357013
++ M/O (幼稚園生)…3回       
<テント日誌 1/10(火)>
   テントのエネルギー、テントの機能、そしてテントの運営
    ―― 経産省前テントひろば 122日目 ――

 年明けの穏やかな天気、とはいうものの凛とした寒さも感じられるそんなテントの前では大阪から上京されてきた山本清子さん等が踊っていた。ペア(二人組)での舞踏である。
 山本さんは4回目の上京との事で、既にその踊る姿を見た人も多いと思う。
テント前ではミニコンサートなどが催されることがあるがそんな一つである。
 「舞踏の時間というのは、吹く風に身をさらしているような時間だ。見ていて捉えどころのないものと出会う感覚。言葉で説明つかない経験。踊り手のくりだす身体の動きに意味はない…ただそのつながりのなかに醸しだされる何か…。エネルギーの渦を体験している時間。舞踏の不可思議さというのは,エネルギーの磁場が日常の感覚を越えていずこかへ運びさっていってくれる其の不思
議性にあるように思える。」(私的BUTOU論の試み きよこ)
 山本清子さんの出しているパンフから引用させていただいたが、テント前広場で踊られるのを見ながら想像してはいた。彼女の表出感覚はこんなところにあるのかと思う。私たちがテント前にやってくる、そこで黙々と座り込む行動の原初のエネルギーにはこれと通底するところがあるように思う。言葉では説明のつかない怒り、言葉ではとらえどこのない感覚(意識)、つまりは表出感
覚というものが行動の奥にあり、それがテントを支える力になっているのではないか。このことが原発と根源で向かい合っているところがあるのだ。
 山本さんが何度も上京される根にあるものと私たちの行動はそこでつながっている。原子力というエネルギーよりも身体の原初のエネルギーが欲しい。それが私たちの欲する現在であり、未来である。原発の存在とそれと抗いたい私たちの無意識を含めた深い根がそこにはあるのだと思える。
 年末年始の特別態勢も終わり、テント内に張り出されているカレンダーにはいくつも予定が記されている。うれしいことは各地で小さいがはじめてのデモが行われていることである。例えば1月15日(日)にはあきる野(あきる野市)で脱原発の初めてのデモが行われる。
 今回の脱原発で初めてデモや集会が持たれたという地域は少なくないと思う。裾野の広がりはあり、お互いに反響しあえるものである。1月14日(土)・15日(日)には脱原発世界会議がパシフィコ横浜で開かれるが、各地での催しものも多い。テントが各地の運動の交流の機能を果たしてくれることを私たちは願っているが、テントとの連絡をして欲しいと思う。相互連絡など媒介役をしたい。

.. 2012年01月14日 10:21   No.357014
++ M/O (幼稚園生)…4回       
 今日は東電前アクションの人たちの行動がなされた。東電の国有化等いろいろのことが報じられてはいるが、東電の無責任さと傲慢さは変わったようにみえない。時間の中でことが過ぎて行くのではなく、東電を解体し、電力業界を変えることは脱原発運動が要求していることだが、これを粘り強く展開している東電前アクションの行動に共感している多くの人がいる。
 夕方には東電アクションに参加する人が顔を出し、東電前に出掛けて行った。原発再稼働→原発保持に固執する電力業界に対する異議申し立てが今年は重要になると思う。
 テントはどのように運営されているのかはテントを訪れる人にも、外からテントトを注目しておられ方にも興味はあろう。そのテントの運営委員会が開かれた。簡単な紹介をして置きたい。
 テントの運営はテント運営委員会でなされている。そした、また、テント全体会議も存在し、これがテントの運営の全体的な方向を決めて行くことになっている。テント運営委員会とテント全体会議はテントの運営や維持を決めては行くが、テントの基本方針と最低限の事柄(ルールなど)を決める面がある。
テントの基本方針はテント前広場を原発存続の是非を討議する国民的広場として維持して行くことであり、またルールとはテント維持のための必要事である。
 これらを決める組織と言っても誰でもが参加出来る開かれた組織である。諸個人の自由な行動を尊重し、テント広場の保持に必要な最小限の機能を果たそうとするものである。特別に考えられたというよりは自然になってきたものと
言える。 ここでは今年の脱原発運動の動きが報告され、その中でのテントの方向が議論された。同時にテントの日常的な運営(泊りこみ態勢など)が議論された。
これについては長くなるので端折るが、泊りこみ態勢ではやはり防寒対策のことが議論となり下記のようなお願いをすることが決められた。また、簡単なことだが現在のところ三つ在るテントについては第一テント、第二テント、第三テントと呼ぶことで統一した。これらはテントの受付で住所やメールアドレスなどを書いて頂いた方に報告したいがその準備はしている。テント日誌なども
含めていずれ届けられるようになると思う。
 上記の通りヒートテックスの防寒着、あるいは防寒にふさわしいものがあればお送り願うことにした。
 千代田区霞が関1−3−1経産省前テント広場に。
 なお、1月20日(金)19時からテント全体会議がたんぽぽ舎のスペース
で開かれる。参加自由です。
問い合わせ等は070−6473−1947テント受付まで。  (M/O)

.. 2012年01月14日 17:08   No.357015
++ Y・T (小学校高学年)…20回       
<テント日誌 1/11(水)>
   ― 経産省前テントひろば 113日目 ―

1月11日(水) 曇り 風が強く、大変寒い一日であった。
 今日、ある女性の尽力で第2テント用のソーラーパネルと発電装置が設置された。携帯やパソコンの充電は充分に賄え、短時間なら100Vの電気製品も使えるとか。
 それにしても、このところ寒さが厳しくなる中、”火気”を口実とする経産省の締め付けというか対応は、執拗になってきている。
 今日も午後突然数人の職員が公安まで引き連れて、「査察」と称してビデオカメラを片手に3つのテントに押しかけてきて、遂に中にまで踏み込んできた。
もっとも、彼らの目指すものは何も見つけることできなかったのだが。
 そして新たに「警告板」を2つ設置してしていった。それが夜の不幸な事態を引き起こす原因となった。

 これについてはテントひろばのブログに声明の形で詳しく触れられているので、是非そちらをご覧いただきたい。(こちら
 夜、通行中の高齢の男性が、テントの脇にある経産省の案内板(霞ヶ関地図)を見ようとして、例の鬱陶しくも忌まわしい鎖と横棒を越えようとしてそれに足を取られて転倒し、昼間設置した「警告板」の土台に額を打ち付け、流血の事故
となった。テントに居合わせた者がそれに気づき、すぐ介抱し、救急車を呼んだのであるが、そこに居合わせた経産省の職員は、当初怪我をした 老人を助けることよりも、責任をテントになすりつけようとし、ビデオ撮影を繰り返した。
 そもそもあの鎖と横棒は設置された時から「とても危険だからすぐ撤去するよう」申し入れていたのであるが、経産省は無視し続けてきたものである。
 テントとしては、老人が搬送された慶応病院に様子見舞いに伺うとともに、明日、経産省に抗議・要請文を携えて抗議に行くことを確認した。再稼働を見据えてテントを締め付けようとする経産省の横暴がこのような事故を招来することを、もう許すわけにはいかない、と。
 夜更け、テントが強風に煽られてバタつく中、少し補強してまわる。
 1月2日に、8歳の孫娘さんを連れてテントに来訪された千葉の男性の方から、丁重な封書をいただいた。もう5日程前でが、遅ればせながらご紹介しておきたい。
 一般参賀に行った後に寄られたとのことであった。お孫さんは貰ったお年玉をカンパし、2人で座り込んでいたそうである。「帰りの車中で、孫と感想を語り合いました。孫は参賀のことよりも、テント村で頑張っておられる皆さんの事の方が気になったらしく、しきりに原発、放射能汚染のことを話していました。・・・・足に持病を持つ私は、長距離の歩行で足の痛さに悩まされまし
たが、孫の方を杖にして歩きました。色々勉強できて、心に残るいい一日でした。」 高齢者を中心にやっておられる「向こう三軒両隣」の絆づくりの会合で、今回はこの1月2日の体験を話されるそうである。( Y・T )

.. 2012年01月14日 18:44   No.357016
++ たんぽぽ舎 (社長)…565回       
<テント日誌 1/12(木)>
   福島では3・11の前日にもアクション企画
   ― 経産省前テントひろば 124日目 ―

1月12日(木) 晴れ。朝には風もやみ、穏やかな一日に。
先日テントによって福島に行った京都の女子学生が、帰りにテントを訪れる。
福島は雪だったという。積雪は放射線量にどういう影響をもたらすのだろうか。
はじめての経験だけに気になるところだ。
そういえば、福島第一原発の建屋外に張り巡らされている様々なポンプが凍結・ひび割れの恐れも、という写真がテントに張ってあった。先日の地震による4号機の配管故障による放射能漏れは、その後どうなっているのだろうか。
椎名さんが1週間ぶりにテントにご帰還。さっく、3/10・11に向けての準備状況をお伺いする。
3・10は、「〜脱原発〜怒・ド・ドッと3・11前日祭(仮称)」と銘打って、郡山市で午前10時から午後8時半まで盛り沢山の内容で企画されている。原発いらない福島の女たち、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、脱原発福島ネットワーク、廃炉アクション等々がそれぞれ主催するイベントが目白押しである。3・11当日も午前中になにか企画があるかもしれないという。その上での3・ 11県民集会への参加となる。ともかく、3・10は私たちが繋がろうとしてきた福島の運動団体が一つに力を合わせた協同企画となりそうだ。
昨秋の10/27〜29の座り込み行動で共にした怒りと思いを、今度は福島の地で共にしたいという気持ちが湧き上がってくる。
 昼頃、経産省は昨夜事故のあった案内板のところの鎖・横棒の位置替え作業をする。口ではテントがあるからだと言うが、言い逃れようのない自分たちの事故責任を感じているのだろう。それにしてはやることが姑息というか小細工すぎる。
 昼過ぎに昨夜の事故に対する抗議・要請文を携えて経産省に4人で行く。(抗議・要請文はテントひろばのブログに掲載 こちら
 経産省側の対応は責任者不在ということで文書だけ受け取って後は門前払い、という姿勢であった。
 立ち話のまま、30分以上追及する。昨夜の事故の責任を認めて、そういうことが2度と起きないよう直ちに鎖と横棒を撤去せよ、ということと、昨夜の職員の対応(助けることより、テントに責任をなすりつけようとする対応)を反省せ
よ、ということであった。
 このやりとりの中で、経産省がテントをどう見なそうと、テントが既に社会的存在となっていて、様々な人々が出入りしているということは彼らも認めざるを得なかった。ならば、出入り自由であるべきであり、何故高齢者や子どもや障害
者を遮断するような鎖・横棒を張り巡らせるのか、直ちに撤去すべきである、という追及には沈黙せざるを得なかった。
 責任者は月曜日には出てくるという。その時話し合いの場を持つことを約した。
午後、院内勉強会「欧州ストレステスト批判と日本の現状」が開催され、テントからも参加。この報告は明日にでも。
  ★テント全体会議 1/20(金)pm7時〜スペースたんぽぽ
 厳しい寒さを迎え、また経産省の締め付けが厳しくなっている現在、テントをどう守り・運営し、活性化させていくのか。3・10ー11にどう行動していくか、等々、自由に討論します。
 初めての方も気楽にご参加下さい。
 みんなの意見と思い、創意を結び合わせることこそ、テントの命です。

.. 2012年01月14日 22:48   No.357017
++ Q (小学校中学年)…11回       
<テント日誌 1/13(金)>
     あらゆる建築物と同様の扱いに。火元責任者の明示
       ―― 経産省前テントひろば 125日目 ――
 
 4時起床。ローテーションで早朝を選ぶのは、朝のお掃除の補助のため。夜間座り込みがテント内に延長され、警備担当と座り込みのゲストとそれぞれの支援グループの誰彼が、囲炉裏なき囲炉裏端会議となる。会議の中心の「火」は人工太陽=原発。原発という総論は各論に分岐し、最終電車は反/脱原発に決まってはいるが、最終駅に到着せず、テントでの宿泊となる方もいる。

 朝、激しい議論の残渣を掃除するのが、我々の仕事。午前6時、隣のテントの福島からの椎名さんがお顔を覗かす。「はあ…」と目を上げると、なんとすれちがいに、警官が顔を覗かす。「いやあ、寒いね!風邪引かないでね…」結局、火器火気厳禁を口実に、内偵しているのにちがいない。優しい言葉を聞きながら、テントの奥を覗き込む眼光の鋭さに傷つけられる思いがする。今度来
たら、ここの火器より原発なくすほうの仕事してよ! と伝えねば、と思いつつ、黙ってあっけにとられている自分が情けない。今朝は一瞥一言で行ってくれた。

 そうして、あらゆる建築物と同様、火元責任者を明確にすることになり、防火総責任者 正清太一、同代理、島田悦司となった。「火」にまつわることは、このお二方にお伺いしてからにしてほしい、ということになった。火の使用が、猿と人類の決定的分かれ目だが、火の始末が原発の始末となれば、人間は、猿以下に転落したことになる。公害と戦争は地球生態系の天敵。
 
 この日、鎌田慧講演のキャンペインなどで、水道橋「タンポポ舎」に行かねばならず、舎は明日の脱原発世界会議でのディスプレイなどの準備でごったがえしていた。夜の鎌田慧講演会はびっしり」満員の大盛況!終わり頃到着したひまわりさんは、その後たんぽぽ舎のパソコンで、明日の脱原発世界会議でまくテントのビラ作成に遅くまで作業。ご苦労様です。

 この夜、高性能の暖房用上着が届けられた。くわしくは、次回で。(Q記)

.. 2012年01月16日 11:50   No.357018
++ Q (小学校中学年)…12回       
☆この間、全国の方々からメールが寄せられています。少しずつ紹介させてい
ただきます。
 ◎今の日本人の多くは「放射性物質は恐い」、しかし、「原子力ムラの問題点、どう変える べきか」が分からないのではと感じるのです。
                        (東京 30代 男性)
◎本日昼過ぎにテント村に行って、初めての「座り込み」を2時間余り体験して戻りました。私の左隣りには東久留米からマウンテンバイクを駆って一足先に来ていた私と同年輩の男性がいました。最初の30分程は、黙って「三陸海岸大津波」(吉村昭著)を読んでいたのですが、目が疲れたので話しかけたところ快く応じていただき、かれこれ1時間以上に亘って原発問題を中心にいろいろと意見交換ができました。彼は原発で被災した郡山の出身とのことでした。彼に会えたのが、本日最大の収穫でした。
  (埼玉県上尾市から参加した<原発廃絶>をライフワークに決めた男。)
◎私は、岩手県で小学校の教員をしている者です。皆さんのがんばりには頭が下がる思い です。岩手は、昨年震災で甚大な被害を被りましたが、復旧復興に向けて心を一つにみんなでがんばっているところです。
 原発は地震大国日本に本来作ることが無謀な物です。それは、戦後のアメリカとのつながりから原子力に手を出させられ、その惰性でやめるにやめられなくなっているものです。しかも、電力会社と政府との結びつきによりそこにお金が動き、過疎地域の弱みにつけ込んでお金で釣り、そこに住む人たちの人権などは少しも顧みないのです。犠牲者はいつも弱者。
 こんな世の中は、変わらなければなりません。それには、あなた方のような草の根のねばり強い運動が絶対に必要です。明るい明日のために共に最後までがんばりましょう!

.. 2012年01月16日 12:04   No.357019
++ Q (小学校中学年)…13回       
<テント日誌 1/14(土)>
     街宣右翼の???なパフォーマンス
       ―― 経産省前テントひろば 126日目 ――

1月14日(土)晴れ 冷え込む昨日に続いて、警官が、6時半くらいに突然、顔を覗かせる。今朝は2名。「火器を使っているという通報があったので・・・」定例以外の来訪なので、こちらは緘黙する。「今何人いますか?」「5、6人だが」と答えると、そのまま帰った。中に入ってくることはないが、これで、二日目。勤務その他で、泊まってくれた人々が出てしまうと、二人になったりする。
 ユニクロのシャツ半ダース、さる学者さんからカンパされている。
 12時半ころから、制服警官が現れ、その数が尋常ではない。向かいの道際に、コーンを並べ始めた。「マラソンかなにかか?」と尋ねに出ると「ちがう」という。そうして、警官が50人になり、列をなして並ぶ。そこへ、音もなく声もなく4台の街頭宣伝車が現れる。社名は控えてあるので興味のある方はQまでおたずねください。ばらばらに降りたが、打ち合わせ済みのように、経済産業省前の霞ヶ関の地図案内の周りに、簡易テントを建てた。警官隊は何の干渉もなく黙って見守っている。あれこれテント周りで難癖をつけられるのはこちらのほうだ。
 昨日、ご老人がまさしく重症をおったところ。二、三人、中年男性が掲示板を背に立ち、足元には、七輪が置かれている。いっさいの言葉が大きく発せられることはない。こちらのテントに、罵声がほんの2、3分なげつけられただけ。そして、ちょうど一時間経過したところで、テントをたたみ、警官や公安に低姿勢で挨拶しながら立ち去った。公安は、片付けの手助けまでしていた。
その間、ピザなどの出前を注文して悦に入っている。去り際、なじみの公安?に、「明日も来るのでよろしく・・・」と低い声で伝えていた。
 こちらのビデオ撮影は、高圧的に、干渉され、許さないと言明され、邪魔された。これがどういった主題のパフォーマンスかまったく、考えられない。防衛に集まった人々で、議論はしたが、結論めいたものはでていないといっていい。だが、ネットでは右翼の襲来か緊張が走る。とこんな椿事の後、テントはいつものとおり、来客、すわりこみのひとびとに困惑させる事態はこれ以降は
なかった。
 横浜では脱原発世界大会と大行進が行われている。テントからも参加。
                               (Q記)

.. 2012年01月20日 09:14   No.357020
++ H.H (幼稚園生)…2回       
<テント日誌 1/15(日)>
   横浜では脱原発世界大会
   ―― 経産省前テントひろば 127日目 ――

 今日は横浜で行われている脱原発世界大会の2日目です。
 経産省前テントひろばの展示もありまして、盛況だそうです。
 昨日は脱原発世界大行進という名で横浜駅の裏手の脱原発世界会議の会場を遠望する公園から会場そばを通って山下公園まで。参加者は4500名(主催者発表)。みな思い思いのプラカードやデコレーション、ぬいぐるみまで。サウンドカーも出てにぎやかなデモでした。
 土曜日には、テントからも脱原発世界大会&大行進に大勢が参加している裏ではテントひろば横に右翼団体が小さなテントを立てるという動きがあったのですが、居合わせた方に話を聞くと、テントを立て、宅配ピザをとって食べ、記念写真を撮って帰ったそうで、テントひろばに対してなにかするという事も無く、大きな混乱はなかったようです。
 土曜日の報道によりますと、経産省の原子力安全保安院は関西電力大飯原発のストレステストの結果を妥当とする方針を決めたそうです。再稼働の前提となるストレステストを通過させることで政府・電力会社による原発再稼働攻勢が始まります。
 既に東北電力、中部電力、北陸電力、四国電力、九州電力、日本原子力発電で全ての原発が停止しており、残りは北海道電力泊3号、東京電力柏崎刈羽5号、6号、関西電力高浜3号、中国電力島根2号の計5基となっています。
たった5基、505万kWです。
 今月中に柏崎刈羽5号と島根2号が止まり、3基、314万kWのみになります。
計算上は原発が無くても電気は大丈夫だとわかっていましたが、もうすぐ誰もが実感します。
 福島第一原発事故の究明どころか、収束すらおぼつかない中での原発稼働は無責任です。現在動いている原発も速やかに止めるべきです。

中東情勢を考えると、政府等は石油不足を表看板にして再稼働の宣伝をするかもしれませんが、石油の備蓄は200日分はありますし、イランからの輸入は限定的です。石油の輸入が滞ることで産業に影響が出る場合には必要電力も減るために大勢に影響はないハズです。
 とは言え、イメージは大事です。エネルギー安全保障という点で、国産石炭や天然ガスの安定確保を広げることで原子力推進勢力を減らすことが出来るでしょう。再生可能エネルギー推進のエネルギーにすることもできるかもしれません。
 今後も原発再稼働に強く反対していきましょう。        (H.H)

.. 2012年01月20日 12:00   No.357021
++ Y・T (小学校高学年)…21回       
<テント日誌 1/16(月)>
    脱原発世界大会からテントへ 千客万来
    ―― 経産省前テントひろば 128日目 ――

1月16日(月) 晴れ後曇り
 14日・15日の脱原発世界会議は大成功だったようである。
準備されたスタッフの苦労は大変なものだったと思うが、この成功は脱原発への気運をさらに高めてくれるに違いない。そしてそれをうけて、今日は全国・全世界から多くの方々がテントを来訪された。
 国内からは、佐賀で玄海原発に反対して運動されている方が3名、北海道で泊原発に反対して運動されている方が3名来訪された。
外国からは、韓国のエネルギー正義行動の代表の方々が来訪された。韓国では 3月いっぱいが「脱原発月間」として様々なイベントがあり、とくに3・10に大きな集会を予定されているとのこと。
 日韓中の連携した反原発戦線を構想したいということであった。
 スイス・フランスのジャーナリストも来られる。
 そしてオーストラリアから先住民のアボリジニの方、環境派の方、通訳の方と4名で来訪される。
 アボリジニの方は、日本では原発が殆ど停まっているというのでさぞかし真っ暗なんじゃないかと思っていたら、眩しいくらいに明るいので驚いたという。
 日本はウランの3割をオーストラリアから輸入しているが、ウラン鉱はアボリジニの居住地にあり、その採鉱のために被曝しているが、オーストライア政府はそれを隠蔽すべく抑えつけているという。
 それでもアボリジニの方は「自分たちがウランの採鉱や輸出を阻止しえていたならば福島の事故・被災はなかったろうに申し訳ない」と言われる。福島の事故・被災がありながら原発輸出をしようとしている日本は、アボリジニの方にどのように映じているであろうか。
 私たちは今、正念場に立たされているのであろう。
 テントにはいろいろな人々が集い、終日賑わった。
 夜、テントでは福島の子ども達を放射能から守るための対国会・対議員行動の計画が椎名さんを交えて議論されている。        ( Y・T )

.. 2012年01月21日 22:30   No.357022
++ テント日誌2件 (幼稚園生)…1回       

 2−1 <テント日誌 1/18(水)>
 再稼働に向けなりふり構わず狂奔する安全・保安院
   ―― 経産省前テントひろば 130日目 ――

1月18日(水) 晴れ
 いつもなら午前中に来る経産省の退去通告が今日はなぜか午後になった。交わす会話は至って簡単。警備課長腕時計を見て、「え〜、1時30分、お名は?」
「○○○○、今日は遅いじゃないか」「おれたちだって忙しいんだよ」要するに午後に予定されている「大飯3、4号機」ストレステストの専門家意見聴取の警備打ち合わせにてんてこ舞いだったというわけだ。
 傍聴者市民を「意見聴取会」から別室に隔離しようとする経産省に対し市民の怒りが爆発した。機動隊が省内に入った。3時間後、安全・保安委は委員たちを別室に誘導。委員二人がこれを拒絶。この段階で経産省の目論見は破産したというべきだ。移動した委員だけが別室で出したストレステスト合格の結論など誰が信用するか。
 寒風の中、経産省前の抗議行動は深夜まで続いた。
 この日、第2テント(前は女性テントと言っていた)では、改憲阻止の会のメンバーを中心に「とつきとうか」の椎名さんも参加して、今後のたたかいについての討議が行われた。
 椎名さんが川田龍平、阿部知子両議員を中心とする議員たちの動きを報告した。
長い名前になるが、「放射性物質から子供及び妊婦をはじめとする国民の健康を保護するための施策の推進に関する法律案」の素案作りを進めているという。
 原発に関する一般国会議員の動きが鈍い中でこれは朗報だ。この動きを全国会議員に広め、行く行くは「放射能から子供を守る超党派議員連盟」といったものに育てたいと、大いに盛り上がった。
国会が始まる1月24日(火)から〜31日までの「国会前座り込み」が確認された。
椎名さんたちも、全国から訪れる女性たちと共に出身地選出議員への働きかけを強めるという。
テントと国会前を繋ぐ重層的な運動軸を作ろうという構想だ。20日のテント全体会議にも提案しようということになった。

.. 2012年01月23日 07:22   No.357023
++ テント日誌2件 (幼稚園生)…2回       
2−2<テント日誌 1/19(木)>
        福島を知り、フクシマに立つ!
   ―― 経産省前テントひろば 131日目 ――

1月19日(木) 曇り 夜は雨

 今日はテントも、昨日のストレステスト意見聴取会の件でもちきりだった。みんな東京新聞を手にしている。
怒りと道理と信念が直接行動を生み、それが新たな事態を生み出し、闘いの真実をあからさまにしていく、そういうことをひしひしと感じさせられるものであった。
 昨日、実況中継の映像を流し続けたOurPlanetTVの彼は、経産省正門前でマイクアピール。
80代の斉藤さんは今日もテント前でマイクアピール。
 今日、福島大の教員をされてる方がテントを来訪される。福島の現状を、言葉をかみしめるように話される。声は時々涙声に。
 福島では放射能に対して危険を感じた方は次々と避難してしまっている。残っている方の多くは、あえてその危険性を見ようとしないか、避難できないぶん政府の言う除染・復興に望みをつなごうとするか、自縄自縛的な状態にあるという。
放射能と言うだけで非難され、学校の校庭の放射線量を計測しょうとすると校長に追い出され、・・・と。
 これから、テント日誌に福島の今を、「福島便り」として寄せていただくことを約束された。
 コンビニに寄ったついでに、週刊朝日を買う。そこには東電が福島第2原発の再稼働を策動していること、保安院がこのフクニの早急な復旧を11日に指示していることが書かれていた。怒りと驚きが頭を突き抜ける。
 福島知事が公式に福島の全原発の廃炉を表明したのは、1月8日のことである。
 こういう中で、3・10−11と郡山市で福島県民集会と前日イベントが予定されている。10日は10月27−29日に経産省前座り込み行動を行い、今とつきとおかのフクシマ村行動を行っている「原発いらない!福島の女たち」も主
催者として加わっている。「福島を知って下さい!フクシマに立って下さい!」と参加を呼びかけている。
 フクシマを脳裏に刻み、フクシマに繋がり、フクシマと連帯する!それは今も尚、私たちの反=脱原発の原点であり、原動力であり続けている。
 3・10−11 福島へ! バスツァ−での参加者を募っています。

.. 2012年01月23日 07:33   No.357024
++ K.M (幼稚園生)…1回       
<テント日誌 1/20(金)>
   技術的知見意見聴取会の傍聴報告
    ―― 経産省前テントひろば 132日目 ――

 1月20日(金) 昨夜来からの雨は夜明け前から雪に変わる。雪が積もると雪下ろしも必要か・・・。その後、一日中霙混じりの冷たい雨。
 1月17日のテント日誌で報じた、火気をめぐる経産省のいちゃもんとやりとりについて、福島・二本松で活動されているTさんから、以下のような感想が寄せられた。
 「毎日の寒い中、テントの中でのがんばり続ける皆さまに敬意を表します。
以下は老婆心ながら・・・
経産省のいちゃもんについては
 『原発は数百万人から数千万人もの人達を危険にさらしている。
 今のふくしまでは被害者が苦しんでいる。
 その加害者である経産省は未だにその反省もない。
 テント内の火気についていちゃもんをつけるなら、この桁違いに危険な原発を一刻も早く停めろ!!
 経産省には原発の安全性を管理する能力は無いが、我々にはこの火気をしっかり管理できる能力はある。
 この危険な原発をたなに上げてのこの要求は受け入れられないと・・・
 このテントは日本国民1億2千万人の総意だと・・・・』
と応対してみてはいかがでしょうか??

技術的知見意見聴取会の傍聴報告
 1月20日(金)午前に開催された「技術的知見に関する意見聴取会」を傍聴しました。18日のストレステスト意見聴取会のことがあり、この技術的知見の会はストレステスト会の言わば下位に位置する重要な会なので、既に担当者に名前を知られている私は入れてもらえないか、傍聴室は別になっているかと心配したけれど、無事に入場し会議の傍らで傍聴することができました。経産省、
保安院が意見聴取会などの傍聴対策は特に変更しなかったようです。残念ながら、市民側の傍聴者はいつもより少なく、傍聴席は背広100人以上で埋められていました。
 ストレステスト意見聴取会で利益相反行為が疑われている岡本孝司(東大)と山口彰(阪大)もこちらの会の委員ですが、岡本孝司委員は欠席でした、18日の攻撃が応えたのかも知れません。
 また、委員の発言には、今までの議論よりもより積極的に安全側を求める発言、報道の影響を感じさせる発言が多く見られました。特に、構造体の健全性を何らかの形で担保できるように各機能に要求仕様を明確にして評価するべきという山口委員の発言には驚きました。ある委員は、審査する人のことなど国が組織を作っているソフト面も評価改善するべきとか、他の意見聴取会の議論
を次回に教えて欲しいとかの発言もありました。
 それでも、渡邊委員リーダー(ストレステスト会でも委員)が、核爆発報道など間違った報道をきっちり否定して国民の理解を得るべきと主張し、保安院は1月中に中間指針を出すべく「今後の対策の方向性(案)」を提示して何とか早く中間指針をまとめようとしており、予断は許されません。
次回は2月1日です。                     (K.M)

.. 2012年01月24日 13:09   No.357025
++ Q (小学校中学年)…14回       
<テント日誌 1/21(土)>
   霙混じりの氷雨の中、デモの喚声が霞ヶ関に轟く
    ―― 経産省前テントひろば 133日目 ――

1月21日(土) 霙/雨
 霙がひどい。ゴミは処理できず、奥の片隅にまとめる。これが済まないと、あれこれ難癖付けらる…なにせ経済産業省前からテント裏は明視できる。だが、今朝は無理だ。昨夜、神保町ヴェジタリアンから、テントへワインなどカンパしていただいた。神保町で働いていたころ、先輩と通ったレストランだった。ご主人は、「なにせ子供の体が心配だから、やってくださいよ!」と小生を激励してくれる。「土曜など、2階が空いていれば、音楽してもいいよ」とまでいってくれている。が、まだ実現していない。
 さすがに今日はテント前の座り込みは無理である。テントひろばはひっそりしている。
 昼過ぎ、トラメガを取りに、園さんが訪れる。一時に新橋SL広場で街宣。
2時から、デモ行進。小生も、首相官邸ド真ん前デモ、賛成なので、出かける。それで今日のテント日誌は個人的にこのデモの報告を。
 駅前は隠れるように、警察・公安が控えている。霞が関と沖縄を結ぶデモは、治安上、特別な格をもつのだろうか?なにせ、デモの行き先、辻辻に10人ほどの制服警官が待ち伏せしている。デモから抜け出て帰ろうとする人がいても、すぐ7〜8人で取り囲んで歩道に入れさせない。
 いったん、ねじまげられたデモコースの最終地点集会後、有志で、そぞろ、首相官邸に向かい、代表団、首相あての抗議・要請文を、受付守衛に渡す。溜池から折り返す際、反対側の歩道をこちらと平行に行進する警察部隊。さっきまでのデモ行進に、デモ隊の倍以上の警察・公安がとりまいてる。この過剰警備こそ、沖縄の、東京の主権者への恐怖感の攻撃的な反転だった。
 ワシントン訪問チームは、いま、空の上を飛んでいる。氷雨の中、傘もささ
ぬ勇士たち。通過点の経産省前テントでは、テントの中の人が、熱烈声援してくれた。デモ隊規制の丸の内警察が、テントをき、なんだかんだと苦情を漏らしていったそうだ。給金もらって恫喝するのなら、暴力団と変らない。テントの存在意義を、経産省も暗黙に認めているものでなければ、130日を超えて建っていられるわけがない。警察の口のきき方が、暴力団に酷似しているとの嘆きも聞いた。
 人倫のないところに、平和はないだろう。倫理観の鋭い人々が、抗議している。警察は、法による権威の人倫的発動を心がけるのでない限り、電脳羊の番犬とみなされてもしかたがない。捜査すべきは、東電本社と原子力安全・保安院であり、警護すべきは、私心をすてて、公共の福利実現のため、人道的であろうと抗議に立ちあがっている市民であることを、警察・公安は、真摯に反省
してほしい。                         (Q記)

.. 2012年01月24日 13:17   No.357026
++ Y・T (小学校高学年)…22回       
<テント日誌 緊急特別版 1/24(火)>

 ◇経産省のテント撤去命令に心底からの怒りをもって抗議し、再稼働阻止・脱原発のためにテントひろばを守り抜こう!
 ◇1月27日(金)午後4時〜6時の抗議行動に全ての人々の参加を!

 テントひろばに心を寄せ、思いを共にする全ての人々に、経産省前テントは今重大な事態に立ち至っていることを告げ知らせねばならない。そして経産省の不当な退去・撤去命令に心底からの怒りをもって抗議し、テントひろばを守り抜くための行動に共に結集されるよう呼びかける。

 今日1月24日(火)、枝野経産相は定例の記者会見において自ら経産省前テントを話題にし、テントの自主撤去を強く求めると言明した。テントは不法占拠である、火気に関して管理上の危険が存在する、というのがその理由であった。それを受けて、経産省大臣官房情報システム厚生課厚生企画室長は、「1月27日(金)17時までに当省敷地からの退去及びテント・持ち込み物等の撤去」命令を文書でもって通告してきた。その理由として火気についての細々としたことを書き連ねられている。

 この経産省の一連の行動は、とみに強まっている再稼働策動の重大な一歩である。とりわけ、先日のスレステスト意見聴取会での傍聴人排除、利益相反委員による審査という不法行為、密室での少数委員によるお墨付きというなりふり構わぬ姿勢と共通のものである。テントひろばが4ヶ月半にわたって存在しているのは、福島の女たちをはじめ、全国津々浦々の、さらには全世界の人々
の脱原発を求める心と思いに支えられてであり、反原発の象徴として、それらを一つに結び合わせ、交流・表現する公共空間となっているからである。

 枝野経産相もそれは充分承知の上であろう。彼が9月に言明した「国民的議論が必要」という考えをなお保持しているのであれば、テントひろばと向き合い、話し合いや公開議論の場をこそつくるべきであろう。

.. 2012年01月26日 08:17   No.357027
++ Y・T (小学校高学年)…23回       
 テントは24時間の泊まり込み、「とつきとおかの座り込み」に表されるように生活の場でもある。そして雪が降り積もるような厳冬下、暖房の確保は生存権・生活権に関わることである。一切の暖房を認めないとする経産省は、凍死者が出ることを願っているのであろうか。原発を推進してきた経産省にとって、人命とはかくも軽視すべきものなのだろうか。

 テント広場では防火責任者をおき自主管理で運営し、消防法上も「危険な行為」など一切ない。経産省とテント防火責任者が何度も話し合っており、これからも共同で防火に努めれば「危険」などないはずだ。経産省は姑息な口実はやめるべきである。

 今必要なことは、テントの撤去ではなく、再稼働をやめ、原発をなくすための努力をすることである。そのためにテントを守り抜かねばならない。テント運営会議は、1月27日には、記者会見・声明の発表、枝野経産相への会見申し入れ、そして午後4時〜6時の抗議行動を決定した。ともかく、本当に大規模な抗議行動が必要であり、どれだけ多くの人々がテントを必要とし、テント
と結び付いているかを、経産省に思い知らせねばならない。テントに心と思いを寄せる全ての人々の結集を呼びかける。

 そして明日から週明けまでの1週間は、右翼の襲来も予測される。(本日すでに街宣車4台で登場。)様々な事態がありうる。是非テントひろばに駆けつけて、朝〜夕の座り込み・夜の泊まり込みに参加して下さい。

 土・日にはテントひろばで様々なイベントを繰り広げよう。

 再度、1月27日午後4時〜6時の抗議行動への結集を!
                            ( Y・T )
◇1月25日付「テント等退去命令に対する申し入れ」
   〃   「枝野経産相との会見申し入れ書」
 こちら

.. 2012年01月26日 08:25   No.357028
++ たんぽぽ舎 (社長)…578回       
枝野経産相による経産省前テント撤去命令に対する抗議の嵐を!
   抗議のFAX、電話、メールを枝野経産相に送りつけよう!
   撤去命令抗議!テントを守り抜こう!
   1月27日(金) 午後4時〜6時 大抗議行動へ!

 昨日(1月24日)、枝野経産相がテントひろばに対し退去命令(1月27日まで)を出しました。

 テントひろばが4ヶ月半も維持されてきたのは、全国や世界各地の方々が交流し、情報を共有し、文字通り「反/脱原発のみんなのひろば」になっているからです。枝野経産相がすべきことは、テントの撤去ではなく、原発の停止・再稼働の停止です。

 テントは、原子力政策を全く顧みず、あまつさえ原発を再稼働させようとする経産省に対し、抗議のため、やむにやまれず建てられたものです。原発停止のために人々がつながろうとする事さえ許さない枝野経産相の撤去命令は決して承服することができません。

 今動かなければ、警備員や警察官を大量導入した実力行使も十分に考えられます。 ぜひ、枝野経産相と経済産業省に『テント撤去の中止を!』との抗議のFAX、電話、メールをしてください。よろしくお願い致します。

【経産省】
大臣官房 (TEL)03-3501-1609
広報   (FAX)03-3501-6942

【枝野幸男経産相】
[国会事務所]
(FAX)03-3591-2249 (TEL)03-3508-7448
[地元・大宮事務所]
(FAX)048-648-9125  (TEL)048-648-9124
(E-mail)omiya@edano.gr.jp

.. 2012年01月28日 08:37   No.357029
++ K.M (幼稚園生)…1回       
<テント日誌 1/22(日)>
     イタリアンパーティー狂想曲?脱原発日伊同盟
       ―― 経産省前テントひろば 134日目 ――

 日曜夜8時にテントに到着、10人近くの人が団欒している。もうすぐイタリア人がニョッキとワインを持ってこられるという。女性3人の了解を得て第2テントでパーティー準備。15歳の男性や若い女性がリタイア組に混じって、唐辛子やバジリコで炒めた辛口のニョッキと本場イタリア赤白ワインを楽しむ。
 イタリアもドイツも脱原発を決めたのだから日本も合流して脱原発日独伊同盟が実現しないかなんて冗談も。関西から来た6人の若者も参加、関電に向けた座り込みテントを考えるとか。パーティでの自己紹介を映像撮影、海外に発信されるそう。ハーモニカに乗せてカンツォーネが霞ヶ関の冬空に響いた。アンジェラさん、大変ご馳走様でした、演奏もありがとう。
 泊まりは8人で暖かな夜。風もなく夜中に外に出ても立っていられる。日曜の夜ゆえ、官僚待ちのタクシーもいない。そう言えば経産省本館ビルは真っ暗。正月だって明かりがついた部屋があったけれど、皆やる気をなくしてくれたのか。
 前日は雨で雨水が床に浸みてきたという、明くる日は雪が降るらしい。たまたまの暖かい夜に感謝。日本政府が脱原発依存宣言してくれれば寒いテントに寝る必要が無くなるのだが…。

                              (K.M)

.. 2012年01月28日 09:17   No.357030
++ タッチー (小学校低学年)…5回       
 霙が止んで、少し寒さが緩んだ気分、とは言え、夜が更けてくるにつれ、テントに集う仲間が若干少なくなってきて寒々しい。
 今夜は、イタリアから来て語学の教師をしているというJさんが、20キロのパスタを仲間にふるまってくれるという宣伝が口コミでなされ、電子媒体で流す内容ではないし、かといって、うどんならともかく、パスタなのだ。
 自信を以って力いっぱい食べきる、とは言い難いものがある。常連の仲間に片っ端から電話でお誘いを試みる。そうこうするうちに、Jさんの友人という、仲間たちが様々な手土産を携えて現われ、Jさんが到着する頃には、20キロだろうが、30キロだろうが、行けそうな勢い。
 だが、今日はパスタでは無くて、ニョッキにした、と現われたJさん、大きなカバンにたくさんの弁当箱、手際よく、持参の器に取り分けてニョッキパーティーとなる。 すると、「京都からの学生たちが、京都にこれから帰るのだがテントを訪ねてみたいというので、こちらに呼んでいいか」という(以下、文字化けのため判別出来ず)程なく到着した、老若男女6名のご一行、独特の
雰囲気があるので、「どちらに行って来たのですか?」とお尋ねしたら、「亀戸の方」と年配の男性が応えて、「野宿者強制排除と襲撃を許さない江東デモ」のこと思い出して、「タテカワですか?」と聞くと、相手は、「竪川のことをご存じなんですか?」と喜んで、握手してくれた。
 竪川河川敷で暮らす野宿の仲間を強制排除しようとする江東区に対する闘いは、全国の寄せ場の仲間、野宿の仲間の闘いの焦点となっている。そういう仲間たちが、関西に帰る前に、わずかな時間でも経産省前共同テントを見てみたい、そして、関西で、関電前の闘争に生かしていきたいと言ってくれる。
 テントの闘いは、脱原発に特化すべきだ、と主張する向きもあるが、こういう交流があればこそ、闘いの手ごたえをより実感できると思うのですよ、私は。
 さて、ジョニーHを中心に音楽の輪が盛り上がり、「20キロのパスタが食いてえ」即興ソングに寒さも吹っ飛ぶ満員御礼のパーティーでした。

                             (タッチー)

.. 2012年01月28日 09:24   No.357031


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