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初めて公式に記録されたウイルス性疾患エボラ出血熱の患者は、ベルギー人修道女シスター・ビータでした。彼女は大量出血などの恐ろしい症状に苦しめられた後、1976年9月に現在のコンゴ民主共和国キンシャサの病院で死亡しました。その数日後、シスター・ビータを病院に運んだ別の修道女にも同じ症状が現れました。
彼女も入院しましたが、やはり命を落としました。さらに、彼女の看護にあたっていた若い看護師も同じ病に倒れました。シスター・ビータが死亡する直前に血液検体が採取され、ベルギーのアントワープにある熱帯医学研究所に送られました。彼女の病気はどうにも説明がつかなかったからです。
医師の診断は「出血を伴う黄熱」だったのですが、シスター・ビータは最新の黄熱ワクチンを接種しており、出血は黄熱ではめったに起こらない症状でした。 やがて、キンシャサの3人以外の修道女にも患者が出ていたことがわかりました。
シスター・ビータが拠点としていた、コンゴ川沿いのエクアトゥール州の人里離れたヤンブク村にあるキリスト教伝道所で、複数の修道女が死亡していたのです。彼女たちはみな同じ病気のようでした。そして、やはり黄熱の予防接種を受けていました。
アントワープの科学者たちは血液検体を調べ、抗体を探しました。黄熱などの感染症にかかっていたなら、感染症と闘うために体内で抗体が作られたはずです。西アフリカの一部地域ではウイルス感染症のラッサ熱がよく見られたし、アジアや南米、東欧に多い細菌性感染症の腸チフスの可能性もありましたが、検査の結果はすべて陰性だったのです。
だが、電子顕微鏡で細胞検体をのぞくと、ミミズのような姿のものが見えました。ほとんどのウイルスに比べるとかなり大きく、これまでに発見されたことのない未知のウイルスでした。黄熱ウイルスとは似ても似つかなかったが、アフリカ固有のマールブルグ病と呼ばれる致死率の高い出血性の病気を引き起こすウイルスにいくらか似ていました。
マールブルグ病は、その9年前にドイツで発見されたばかりで、ウガンダから輸入したサルを扱った製薬企業の従業員が病気になったことが発端でした。サルから直接感染した25人のうち7人が死亡し、患者と接触があった6人が新たに発症しました。
.. 2026年05月22日 05:26 No.3491001
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