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大阪の原発ゼロの会の集会で中学3年生の思いを | スピーチしました | 【3.11避難者の声】 | −3.11当時0歳だった15歳(中学3年生)の声− | 「私たちが生きる将来の日本が当たり前に | 原発のない社会であるために」 | 9月2日判決の関西訴訟の公正判決を | 求める署名への協力をお願いします └──── 森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
こんにちは。 原発賠償関西訴訟原告の森松明愛です。よろしくお願いします。
私は2011年、福島県で生まれたばかりでした。 父を福島に残して大阪へ避難し、今は15歳の中学生を大阪でやって います。 私には事故の記憶は当然ないですし、物心ついた時にはすでに父と離れ て暮らしていたので、正直言うと、「ふるさとを奪われた」という実感を 自分の言葉で語ることは難しいです。 けれど、15歳になった「今の当事者」として、今の社会に対して強く感 じている危機感があります。
前回の衆議院選挙で、ある俳優さんがSNSで「投票に行ってきます、 基本的人権を守るために」と発言して激しいバッシングを受け、謝罪にま で追い込まれるということが起きました。 しかし、基本的人権を守るために投票に行くというのは、本来真っ当な 理由です。 なのに、世の中には高市ブームのような大きな流れが作られ、それに反 している事柄を叩く。 かつて日本が戦争に突き進んだ時、戦争に反対する者を、「非国民」と 叩いた時と同じような、権力によるものではないけれど、ある種の言論統 制のような空気を感じます。
私は、この空気が原発の問題にも重なって見えます。 本来、今の日本では「戦争反対」と当たり前に言えるのと同じように、 「原発反対」も当たり前に言える社会であるべきです。 しかし、対極にある意見同士が真正面からぶつかった時、声を上げる方 が、声が大きい方が、多く見える方が勝つのがこの国です。 実際にその意見が正しいかどうかはおいておいて。です。
つまり、国・東電VS一般市民とした時、どちらが強いか、どちらに世 論が寄るかは明らかです。 国民が事故を忘れていくのと同時に、何年、十何年かけて、ジリジリと 原発が正義になります。 ただ、今、一番多いのは、「どうでもいい」という無関心な層です。
.. 2026年03月16日 20:10 No.3445001
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