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試論「廃原発事始め」第38回 | 1970年代前半、原発推進と反対とのせめぎあいが | 始まったその実相を振り返る | 原発推進勢力はオイルショックを原発推進に対する逆風状態から | 脱するための絶好の機会として利用しようとした └──── 藤岡彰弘(廃原発watchers 能登・富山) 第37回は2/25【TMM:No5339】に掲載
【2】電気ハ誰ノモノデスカ?―電気に関わる事件史の中に、 廃原発への手がかりを探す 3.Alongside History (「環境権裁判と暗闇の思想」に併行する歴史語り) その1
・1970年代前半期は、原発推進と反対とのせめぎあいが始まった時期。 その実相を振り返る
1973年は、オイルショックの起きた年であり、この年を境に石油不足 への懸念から原発への依存と期待が一気に高まったという印象を持たれて いる方も多いのではないでしょうか。 しかし、実相はそう単純ではありません。 1970年代に入る頃から石油をはじめとするエネルギー事情も、世界経 済の大きな枠組みも大きく変わり始めていました。 その動きを加速させたのが第4次中東戦争後のオイルショックだったの だと思います。
今回からは、原発を取り巻く推進・反対のせめぎあいの様相を順を 追って見返していき、後半の部分で、1975年9月に起きた原子力船 「むつ」の「漂流事件」と、その後の「むつ」に関わることについて触れ ていきたいと思います。 参照した著作は、前半部が、『核の世紀―日本原子力開発史』(2016年 東京堂出版)から岡田知弘さんの「原発立地政策の形成過程と地域」や、 本間龍さんの『原発プロパガンダ』(2018年岩波新書)等、後半部分は、 倉沢治雄さんの『原子力船「むつ」―虚構の航跡』等です。
さて1970年代に入ると、米ソの東西冷戦構造にゆるみが生じてくると ともに、米ソ双方にとってアジアと中東の持つ比重が大きくなっていき ます。 1971年2月のテヘラン会議で、原油価格は石油メジャーと産油国(O PEC)側との協議で決まる体制に移行しました。
.. 2026年03月15日 08:38 No.3444001
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