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試論「廃原発事始め」第22回 | 会津地域は東京の電力の源、 | そこをめぐって繰り広げられた「電源防衛戦」[その1] └──── 藤岡彰弘(廃原発watchers 能登・富山)
【2】電気ハ誰ノモノデスカ? … 電気に関わる事件史の中に、廃原発 への手がかりを探す ロ.「電源防衛戦」(1950年 日本国福島県)<事件の概要 その1> 会津地域は東京の電力の源、 そこをめぐって繰り広げられた「電源防衛戦」 その一連の新聞報道の狙いは何だったのか?を読み直す
・電産(日本電気産業労働組合)猪苗代分会に関するデマと「怪事件」
敗戦から5年、占領軍統治が終わろうとする頃、日本経済は朝鮮戦争勃 発に伴う特需による好況で沸き立っていました。 そのための電力需要を賄っていたのは、各地の水力発電所、中でも、会 津地域の猪苗代水系は、首都圏の需要のほとんどを担う重要な位置を占め ていました。 当時は、国策会社、日本発送電株式会社(日発)一社が列島全部の電気 を取り仕切っており、その組合である電産は、組合員数14万人の大組合 でした。
「電源防衛戦」とは、当時の日本共産党と関係の深かった電産猪苗代分 会と、「電源防衛隊」を名乗る右翼勢力との、猪苗代水系の発電所や変電 所とその周辺を舞台にした、攻防戦のことです。 そしてこの「電源防衛隊」は、政府、日発のみならず、警察や報道機 関、反対派労組とも通じ合っていました。 「何を大げさな」と思われるかもしれませんが、まず、1950年当時の 新聞の見出しを見てください。
8月7日 電源を握る赤い手(読売) 11日 極左追出し、発電所を守れ(東京) 14日 断じて電源を守れ、電源防衛大会(日経・東京・毎日) 17日 緊迫度増す猪苗代、現場ゲリラ戦続発(東京)
これでは、もはや非常事態も同様ですが、当時の関係者からの聞きとり によれば、「電源防衛大会」開催の記事以外は、大半が具体性を欠く、デ マとしかいいようのないものだったことが明らかになっています。 なぜ、こんな記事を出せたのでしょうか? それは、この後、8月26日に起きた電産へのレッド・パージによって、 共産党員やその同調者とされた2137人もの労働者が、職場から追放され たことでわかります。
.. 2025年12月25日 05:20 No.3396001
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