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「2003年ごろから襲撃を考えていた」 | 奈良地裁・安倍元首相銃殺事件裁判 | 政治家の統一協会賛美で被害拡大危惧 | 山上徹也さんが法廷で狙撃動機を初めて説明 | 「メディア改革」連載第192回 └──── 浅野健一(アカデミックジャーナリスト)
◎ 奈良地裁で10月28日から続く安倍晋三元首相銃殺事件の被告人、山 上徹也さんの裁判員裁判(田中伸一裁判長)は、11月20日の第10回公 判から山上さんの被告人質問(計5回)に移った。事件後、山上さんが 公の場で語るのは初めて。25日の第11回公判でも被告人質問が続行 された。 私はこれまで11回開かれた全公判を「記者席」で取材できた。これま で10回の公判すべてを法廷で取材した「記者クラブ」非加盟のフリー ジャーナリストは、鈴木エイトさん、西村カリンさんと私の三人だけだ。 午後1時10分開始の第10回公判では、最初に前回の証人の神谷慎一弁 護士の尋問があり、午後3時45分、田中裁判長が「それでは被告人質問 に入る」と述べ、山上さんが証言席に移動。裁判長に丁寧に一礼し、 着席した。
◎ 小城達弁護士が最初に、「年齢は」と聞くと、「45歳です」と答え た。初めて、山上さんの声を聞いた。マイクによく乗る低い声だ。「自分 が45歳まで生きていると思ったか」と聞かれると、「いや、生きているべ きではなかった」と応じた。「それはなぜか」。「このような結果になって しまって、大変ご迷惑をおかけしているので」 小城氏は「事件の被害者(安倍氏)らへの気持ちは、後日、お聞きす る。これから、これまでの人生について聞いていく」と述べた。 小城氏は、山上さんが4歳の時、父親が自死したことにふれた。「父親 が亡くなった後、母親の父である(東大阪市にあった)祖父の家で同居 した」「中学2年の時、母親が統一協会に入信して、それまでと、すべて が変わった」
◎ 山上さんは、重要な質問を聞かれた後、数秒、間を置いて、言葉を慎 重に選んで、終始落ちついて話していた。山上さんの声に力があり、長い 拘束にもかかわらず、メンタルが維持されていることがわかり、私は ほっとした。
.. 2025年12月02日 06:43 No.3380001
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