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日本は第一次世界大戦には漁夫の利を得て要領よく身を処して、帝国主義の世界の五大国に列する地位に昇りつめる事が出来たようなものでした。しかも大戦中、1915年中国に対し21カ条という過大な要求を、最後通牒をもって無理強いし、中国国民の反日感情を亢進させ、両国間に大きな禍根を残す事になったのだと思います。
この間多くの日本国民の中に、国家の発展と膨張のために生き、国威を宣揚することが最高の価値であるとの国家主義的意識が強く定着したのでした。世界を眺めて見ると、帝国主義の宿命として、日本は他の強国に比べて、あらゆる点で劣っていることを認めざるを得ない状況でした。中でも国土が小さい事を実感せざるを得なかったのです。
それは世界地図を広げてみれば一目瞭然のことであり、資源は貧弱で過剰人口に悩み、海外にその捌け口を求めざるを得なかったのです。日本は台湾・南樺太などを既に領有していました。しかし列強はアジアだけでも何と広大な領土を持っているのだろうか。西洋諸国は武力を持って他国を征服し領土を拡げ、しかも日本人の移民を禁止しました。
人口の多い日本はもう少しでも領土が欲しい。五大国の一員たる名誉にかけても、早く先進国に追いつきたいというような膨張主義的国民感情は、戦前多かれ少なかれ、平均的な日本人に潜在的に存在したのではないでしょうか。弱肉強食の国際社会で、列強とサバイバルして行くために必要だと、一般的には是認されていたのでしょう。
この点に関しては、社会主義者の一部にも「国内における搾取関係を廃止して国民全体の生活水準の平均化を主張しているように、国際関係においても、土地及び資源に対する平等の獲得を要求することは正当の権利である」という資源の国際的再配分論があったのです。これはやがて戦争に協力していくための伏線をなす言葉とみなし得るが、このような議論も受け入れられやすかったのです。
また近衛文麿が1918年「英米本位の平和主義を排す」という論文で、先進国の「経済的帝国主義の排斥と黄白人の無差別待遇」を主張し、とくに前者について、先進国の「巨大なる資本と豊富なる天然資源を独占して、他国民の自由なる発展を抑圧し、以って自ら利せんとする経済的帝国主義否認と同一の精神よりして当然否認せらるべきものなり」としたのも、同様な発展に基づくものでした。
.. 2025年05月09日 04:53 No.3246001
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