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1898年の米英戦争は日本にとって大きな意味を持っています。この戦争を経て、アメリカはフィリピンとグァムを領有して、大東亜戦争進出の足掛かりを得ることになるからです。日露戦争で日本はロシアのバルチック艦隊を打ち破ります。
その結果、ロシアの脅威が海上から消え去りました。日本の海軍力がアジアで突出していくことをアメリカが恐れました。それは米英戦争によりフィリピンとグァムを領有したからです。日米双方が互いを仮想敵国として強く意識していくのは日露戦争後なのです。
米英戦争で、アメリカの方向性が「内向」から「拡大」に完全に変質したということです。建国以来、アメリカは大陸の外側に出ることを拒んできましたが、一歩を踏み出したわけです。ハワイ領有の承認すら数年も議会を通過するのに時間がかかったのに、それがここで一線を越えたのです。
セオドア・ルーズベルト大統領が、米西戦争に勝利し、さぁ〜世界に乗り出そうという時に、突如として現れたのが、日露戦争で勝利した日本でした。アジアの制海権を日本に握られます。太平洋の向こう側に強国がアメリカ人の過剰な対日意識を作り出したのは、この頃だったのです。
これらを考えると日本の軍事行動が、一方的に私利私欲に駈られた「侵略」だったろうか?大東亜戦争あるいは日中戦争は自衛戦争か、それとも過剰防衛だったのか。私はそれを、中国の反日侮日の理不尽な挑戦や米・英との衝突における正当防衛だったと考えています。
東京裁判を命じた。敵の将軍マッカーサーは、後に日本の大陸進出を肯定した発言をしています。戦後の朝鮮半島で南下してくるソ連、または中国共産主義の巨大な脅威を目のあたりにして、明治以来の日本の大陸進出が、極東の平和を守るための自衛の戦いだったと発言しています。
さらに、米上院外交委員と軍事委員会の合同会議で、「太平洋戦争は日本にとって正当防衛の戦争だった」と発言しているのです。理論・情緒・政治的配慮から歴史を語ってはならない。大切なのは、歴史の「現実」を直視することなのです。
.. 2023年12月15日 09:12 No.2922001
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