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講和条約会議の四日目にあたる9月7日の夜、各国の演説が終わったあと、吉田茂は登壇して講和条約案を順守することを誓ったのです。当初、吉田茂はこの演説を英語で行う予定でいました。しかしダレスらが、自国語がいいと勧めたとされています。
実際に吉田茂はこの演説草稿を事前にアメリカ側に見せていますが、ダレスはこの部分はこう変えたほうがいいと高圧的に指摘したといいます。吉田茂はそれを受け入れたが、この講和会議に至るまでダレスが、少しでも日本側に有利になるように各国を説得して歩いたのだから、当然ともいえたのです。
吉田茂の演説の冒頭では「かつて武力制圧を考えた日本の一切の野心、一切の誤った欲望に各国の人びとは苦しめられた。同時にこうして苦しむ人びとの中には日本の国民もまた含まれていました」という趣旨を述べたあとに次のように言いました。
「日本国民は今やアジア諸国並びに全世界の人びとと平和に生きる喜びをもっています」この強い口調に、会場は初めて強い拍手に包まれました。日本国民もまた軍閥の犠牲であった、だが今は、戦争から解き放たれて平和がどれほど大切かを知っているとの内容には、日本の再出発の決意表明というべきものでした。
吉田茂は続いて領土問題、賠償、そして日本人の外地からの引き揚げなどに触れていきました。領土問題や日本人の引き揚げではいずれもソ連を対象にしているのですが、領土問題では次のように語っています。
「領土問題について奄美大島、琉球諸島、小笠原群島その他国連の信託統治におかれる諸島の主権が日本に残されるという米・英全権の発言は多大の喜びをもって諒承します。これらが、一日も早く日本国の行政の下に戻ることを期待するものであります。」
「千島列島、南樺太の地域を日本が侵略によって奪取したというソ連の主張には承服いたしかねます。これらは日本降伏直後の1945年9月20日、一方的にソ連領に収容されたもので、色丹島、歯舞諸島もソ連軍に占領されたままであります」
この演説はソ連の中立条約違反を暗に責めているのですが、同時に千島列島全体がソ連に不法に占領されているとの表現は用いていないのです。この辺りにアメリカ側への配慮があったということになるのでしょう。
.. 2023年05月13日 08:48 No.2753001
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