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■--白人によるフィリピン侵略
++ 仲條拓躬 (社長)…711回          


世界一周に挑戦したマゼランは、太平洋を横断しフィリピンに至って土人に殺されました。これが一般的な歴史の記録です。しかしフィリピンでは歴史は異なります。マニラ市の中心街、マカティ地区の目抜き通りには、ラップラップ酋長の大きな銅像が建っています。

フィリピンの歴史の教科書では、ラップラップ酋長は「西洋勢力と戦って勝利したアジア最初の英雄」「マクタンの戦いは、フィリピン人が外国の侵略者から島の独立を守ることに最初に成功した重要な記録である」と書かれているのです。

フィリピンから見れば、ラップラップ酋長は英雄なのです。征服者スペインは、1571年にルソン島のマニラに首都を建設しました。マニラはもともとイスラム教が盛んでした。そこに新たにキリスト教の首都を建設したのです。

フィリピンという国名も、1593年に、スペインのフィリップ皇太子の名にちなんでつけられたものです。スペインの輝かしい侵略の象徴です。それから約三百数十年間、スペインは民衆を弾圧し搾取する植民地政策を実施しました。

米西戦争で、アメリカがスペインにとって代わりました。1898年、スペイン領キューバで独立運動が起こりました。アメリカは、キューバのトウモロコシ農業、タバコ産業の利権を守るために戦艦メーン号を派遣しましたが、スペインに撃沈されてしまいました。

4月、アメリカはスペインに宣戦布告、米西戦争が勃発したのです。アメリカは、極東艦隊をフィリピンに派遣、スペインの「無敵艦隊」を撃破しました。アメリカ極東艦隊のデューイ提督はマニラ湾に入ると、フィリピン独立軍を支援すると宣言しました。

アメリカ軍は、香港に亡命中のアギナルドを軍艦に乗せてフィリピンに連れ戻し、革命軍最高司令官としました。革命軍司令官だったリカルテ将軍は、アメリカを信じて独立戦争を戦い、ついにスペイン軍は撤退し、8月に首都マニラが陥落しました。

ところが、いざフィリピン独立軍がマニラに入城しようとすると、アメリカ軍はそれを許さず、単独で入城したのです。独立軍は、フィリピン独立の大義が大切と考え、新首都をマロロスにし、新憲法も制定しました。こうしてフィリピン共和国が正式に発足、アギナルドが大統領、リカルテが国軍総司令官に就任しました。
.. 2022年09月18日 06:16   No.2575001

++ 仲條拓躬 (社長)…712回       
10月にパリで米西戦争の講和会議が行われました。アギナルド大統領は特使を派遣し、フィリピンの独立を主張させようとしました。すると、なんとアメリカはそれを拒否したのです。講和会議では、アメリカのフィリピン領有が締結されました。キューバも、この講和会議でアメリカの保護領とされたのです。

つまり、アメリカがフィリピンの独立を支援するなど真っ赤な嘘で、フィリピン共和国など認めるつもりは端からなかったのです。アメリカがスペインから植民地を略奪するための口実に、独立軍は利用されたのでした。


.. 2022年09月18日 06:24   No.2575002
++ 仲條拓躬 (社長)…713回       
日本軍の業績として
イギリスのマウントバッテン卿は、東南アジア連合国軍司令官で、当時の日本の好敵手でした。マウントバッテン卿は、戦後に東南アジア連合国軍の終戦処理に関する報告書を発表しています。その中で、日本軍の業績として次の三点を評価しています。

一、欧米軍を東南アジアで一挙に撃破した。それ以前は、アジア諸民族はとても欧米の軍隊には敵わないと思っていた。
二、植民地の民族は、独立の意思も能力もないと我々(イギリス人)は思っていた。しかし、日本軍は戦争中の短期間に、これらの民族を訓練し、軍事的な能力を与え、愛国心を掻き立てた。東南アジアの諸民族は、目を見張るような変化を成し遂げた。この変化は、連合国軍側の誰も全く予想できない事であった。植民地下で「猫」のようにおとなしかった現地人は、「虎」のように変身し、独立を遂に達成した。
三、日本軍は、敗戦後、停戦協定に基づいて武器は全て連合国軍に引き渡すことになっていた。ところが、インドネシアでは、日本軍は「インドネシア大衆に武器が奪われた」という巧妙な口実のもとに、彼らに武器を手渡していた。この武器が後のインドネシアの独立戦争を勝ち抜く力となった。

マウントバッテン卿は、決して親日的な方ではなかったと思いますが、それでも日本軍がやった事を、極めて客観的に評価していると言えるでしょう。また、ウッドバーン・カービー少将は、イギリス軍が作成した『(対日戦争史第5巻・日本の降伏』の中で、インドネシアで日本が行った軍政に対して、同じような評価をしています。

日本軍は、インドネシアだけではありません。インドに対してもビルマに対しても、独立の裏付けとなる軍事力をもたせました。現地人を教育し、武器を与えて軍隊組織を創り上げ、彼らの独立精神を奮起させたのです。独立心を煽るだけでなく、具体的に軍隊組織を創り上げたところが、日本軍政のユニークさであり、素晴らしさでした。

こういった点は、戦後の日本では全く評価されていません。しかし、宮本静雄・元参謀は、意外にもイギリス軍の中枢部にいた人々が、この日本の軍政を正しく評価している事に感激していました。「私はそのことを知って安心して死ねる」とまでおっしゃっていました。

.. 2022年09月19日 07:53   No.2575003
++ 仲條拓躬 (社長)…714回       
世界に冠たる大英帝国を崩壊させる最大のインパクトを与えたのは、日本でした。大英帝国を崩壊させたのは、日本です。このことを、日本人はもっと厳粛に受け止める必要があるのです。
.. 2022年09月19日 08:06   No.2575004
++ タク (社長)…2630回       
副大統領の距離感
2009年から8年間続いたオバマ政権は、若いオバマ大統領をベテランのバイデン副大統領が支え、二人は頻繁に会って政策を協議するなど盟友だったと一般には思われています。しかし、2020年秋に出版されたオバマ氏の回想録 『A Promised Land』(邦題は『約束の地』)によると、二人はそれほど緊密な関係でもなかったようです。

オバマ氏は、同世代のバージニア州知事、ティム・ケイン氏を副大統領の第一候補に考えていましたが、ともに若い人権派弁護士なので有権者の選択肢が狭まることから、「私の若さを懸念する人々を安心させるため」、政治のプロ、バイデン氏を選んだそうです。

オバマ氏より19歳年上で、ワシントンの水にどっぷりつかったバイデン氏は、オバマ氏が掲げた「変化」とは真逆の人物です。回想録によれば、オバマ氏がバイデン氏に副大統領候補をオファーした時、バイデン氏は「あなたに私の最高の判断と率直なアドバイスを与えるようにしたい。大きな決断については、最後まで決定に参加させてほしい」と政策決定への積極関与を要求、オバマ氏はやむなく受け入れたそうです。

回想録は、バイデン氏は他の政権幹部と意見が食い違うことが多かったとも書いています。2010年5月、同時多発テロの主犯、オサマ・ビンラディンのパキスタンでの潜伏先が判明し、米軍特殊部隊の急襲作戦を計画した際、バイデン氏は失敗した時のリスクやアフガニスタン戦争への影響を指摘し、「やめるべきだ」と反対しました。

オバマ氏はバイデン氏の欠点を厳しく指摘しており、「一人でしゃべり続けてしまう癖が、誰よりも強い。 15分の持ち時間を与えられたら、30分は話す。 30分与えられたら、どれだけ話すか分からない」と書いています。

「フィルターが欠落」しているため、頭に浮かんだことは何でも口にし、「マイクの前で自制心を欠く」ため、「不必要な論議を招く」そうです。 失言が多いのはこのためかもしれません。オバマ氏はさらに、「スタイルが古く、目立ちたがり屋で、自己認識を欠きやすい。しかるべく遇されていないと、立腹するところがある」とも酷評しています。

.. 2022年09月20日 04:41   No.2575005
++ タク (社長)…2631回       
「謙虚で率直、忠実な人間」と褒めながらも、正副大統領だった8年間は疑心暗鬼のところがあったようです。 オバマ氏が描くバイデン氏の人物像は、やや凡庸で古いタイプの政治家で、二十一世紀の大統領にふさわしいのか気になっています。

オバマ大統領は退陣後も人気がありますが、オバマ外交は「米国は世界の警察官ではない」と言ったり、北朝鮮の核ミサイル実験に「戦略的忍耐」で臨んだり、「引きこもり外交」でした。 演説がうまく、「酒を飲んでいなくても酔った感じになる」と言われたものの、テレプロンプターがない時、 アドリブでは演説ができず、しどろもどろになったこともありました。

.. 2022年09月20日 04:50   No.2575006
++ 仲條拓躬 (社長)…715回       
白人帝国ロシア南下の脅威
日英同盟は、帝国ロシアの極東進出政策への対抗を目的に、1902年1月30日に締結されました。その後、1906年の第二次、1911年の第三次と継続更新されましたが、1921年のワシントン軍縮会議の結果調印された四カ国条約成立に伴って、1923年に失効しました。

日英同盟の背景には、ロシアを含む白人列強の熾烈な覇権争いと、その渦中で揺れ動く支那の状況があったのです。日英同盟の締結に至る前の極東の状況を考察すると1894年7月25日、「豊島沖海戦」によって日本と清は戦争状態に突入しました。

日本の帝国海軍連合艦隊が、牙山湾の豊島近くで清の軍艦二隻と兵力千二百を乗せた輸送船を、一時間二十分の戦闘で撃沈しました。清軍は、ソウルから南下する日本軍を成歓で待ち伏せし攻撃しましたが、兵力、火力、戦術で勝る日本軍に敗退し、平壌まで退却しました。これにより、日本は朝鮮半島の平壌以南の陸と海を制圧したのです。

1894年8月1日、日本と清は宣戦布告、日清戦争が勃発しました。日清戦争の原因は、朝鮮半島にありました。朝鮮半島がロシアや支那に侵略されると、その脅威は目の前に迫ります。だから日本は、朝鮮に日本のように近代化をして、しっかりとした政治力と外交力と軍事力を持って、独立主権国家になって欲しかったのです。

ところが、朝鮮は、清やロシアに媚びたりして、毅然と独立する状況になかったのです。日清戦争という名称ですが、戦場は朝鮮半島でした。三国干渉という白人列強の侵略行為、日本と清は、1895年3月20日に停戦。4月17日に下関の春帆楼で講和会議に臨んだ。日本側は首相の伊藤博文、外相の陸奥宗光が、清国側は李鴻章らが出席しました。

下関条約の内容は次の通りです。
壱、朝鮮の独立を認め、自主独立を妨げる朝鮮から清への貢、献上、典礼等を永遠に廃止する。
弐、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲する。
参、清は日本に二億両を支払う。
四、清領内で列国と同等の特権を日本に認める。

.. 2022年09月21日 09:11   No.2575007
++ 仲條拓躬 (社長)…716回       
朝鮮については、独立を認めることが条件だったのです。この日清戦争での日本の勝利を横取りしたのが、白人列強でした。ロシアがフランス、ドイツと結託し、日本に圧力を加えてきました。1895年4月23日、三国の公使が日本に対し「遼東半島を清に返還したほうがいい」と書簡を送ってきたのです。いわゆる三国干渉です。

国力の劣る日本は、白人列強の三国を相手に戦争をして勝つことなどできません。勧告を受諾するしかなかったのです。「臥薪嘗胆」―日本はあらゆる苦難を耐え忍んで、この屈辱を晴らす決意をしました。ちなみに、その後、この三カ国は清国に対し、この代償を要求しました。ロシアは旅順・大連を、ドイツは膠州湾を、フランスは広州湾を租借した。

ちなみにイギリスは、威海衛と九龍半島を租借しています。日本は、この三国干渉を通して、ロシアも含む白人列強がアジアを蹂躙する脅威を、まざまざと感じたのです。アジアを侵略していたのは、白人列強諸国だったのです。

日本は、自衛のために軍事的対応を余儀なくされたのです。マッカーサーが朝鮮戦争後に、アメリカの上院軍事外交合同委員会で発言した内容は、この点からも、極めて正鵠を射たものであったと言えます。「日本は、自衛のために戦争を公なくされた」

.. 2022年09月21日 09:25   No.2575008
++ タク (社長)…2632回       
正論を述べている教授
コロナは、いまだに20歳未満の世代では、死者は0人です。一人も死んでいない子供やティーンエイジャーにとっては、本当にただの風邪です。20代でも全国で死者は10人です。これがインフルエンザだと、幼児や児童を中心に毎年50〜200人のインフルエンザ脳症の患者が出て、その約10〜30%が死亡しています。(厚生労働省「インフルエンザ脳症研究班」による調査)。

インフルエンザでは、子供がICUに入れられて人工呼吸器につながれたりしていて、命が助かっても重大な障害が残ることも多いのです。この事実だけでも、コロナよりインフルエンザのほうが怖いことがよくわかると思うのですが、テレビに出てくる専門家は認めません。大体、この重要な事実をマスコミぐるみで隠蔽している始末です。

インフルエンザの恐ろしさを軽視してコロナの恐怖を煽るだけです。だから、私はもう全く信用しないし、間違っているなという感覚で見ています。彼らが間違った判断をしてしまうのは、現代科学の宿命でもあると同じ医者が語ります。人類のもつ科学知識が膨大に膨れ上がってくると、一人の研究者がすべての領域を把握することができなくなるのです。

正論を述べている井上正康大阪市立大名誉教授は、こう主張しています。私はもう後期高齢者で、現役を引退した人間ですが、 現役研究者というのはやはりコンペティションでトップを目指すわけです。最終ターゲットにノーベル賞などがあるのですが、そこに達するために、研究のエリアを絞ってタコつぼの中で一つのテーマを限りなく追究するわけです。

たとえば、京都大学iPS細胞研究所所長で教授の山中伸弥さんにしても、東大名誉教授の児玉龍彦さん(医学者)にしても、誰もがご存じの通り、専門の分野ではすばらしい研究者なのです。だけど、そうなるためには、たくさんある木の枝葉をほとんど切り落として、1つの分野にだけ集中する必要がある。そうしなければ世界とは戦えない。

これが現役研究者の宿命なのです。だから、そのタコつぼから一歩外に出ると、研修医並みの知識しか持っていなくて、とんでもなく的外れな主張をしてしまうということもありうるわけです。しかし、日本人は権威に弱いです。科学というのは、本来、権威とは無縁なのです。

.. 2022年09月22日 05:42   No.2575009
++ タク (社長)…2633回       
ノーベル賞を取ろうが取るまいが、科学的に正しいかどうか、緻密にロジックを貫徹しているかどうかで判断すべきなのですが、「ノーベル賞学者がこう言った」と祭り上げてしまう。その背景にあるのは、やはり欧米に対するコンプレックスです。

欧米を見習え、欧米に追いつけ追い越せと、明治維新から頑張って、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるところまで登り詰めてきた。鎖国状態の島国に住む民族がグローバルな社会に出ていく上で、必要なことではあったのですが、その過去の成功体験に囚われているが為に、こういうパンデミックが起きた時に、自分の首を絞めることになっている。

欧米に比べて桁違いに被害が少ないのに、欧米のコロナ対策が正しい、欧米のマネをしなければならないと、何も考えずに追随しようとしています。たとえば、集団免疫という考え方自体が、もう半世紀前の教科書的な、私が学生時代に習ったような知識なのです。

今の現役の研究者や医師は、公衆衛生とか、防疫とか、集団免疫とか、ほとんど習っていないと思います。発展途上国と違って、そういった感染症対策はもう必要ないと考えられてきたからで、集団免疫というのを、何か怪しげな理論みたいに思っているのです。

だから、テレビに出てくるような自称専門家の人たちは、語る言葉を持っていない。自分の頭で考えるだけの知識もない。それで、欧米がやっていることをマネしておけば無難だと思って、ベラベラしゃべっているだけなのです。

.. 2022年09月22日 05:48   No.2575010


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