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石原莞爾へ質問、東洋文明は王道であり、西洋文明は覇道であると言うが、どういう意味か、その説明をしてほしい。
石原莞爾、かくの如き問題はその道の専門家に教えを乞うべきで、私如きが回答するのは僭越極まる次第であるが、学者の意見を拝借して、若干の意見を述べる。そもそも文明の性格は気候風土の影響を受ける事が極めて大きく、東西よりも南北に大きな差異を生ずる。
我ら北種は東西を通じて、おしなべて明日を礼拝するのに、炎熱に苦しめられている南種は同じく太陽を神聖視しながらも、夕日に感謝する。熱帯では衣食住に心を労する事なく、殊に支配階級は奴隷経済の上に抽象的な形而上の瞑想に耽り、宗教の発達を来たした。
いわゆる三大宗教は皆、亜熱帯に生まれたのである。半面、南種は安易な生活に慣れて社会制度は全く固定し、インドの如きは今なお四千年前の制度を固持して政治的に無力となり、少数の英人の支配に屈伏せざるを得ない状態となった。
北種は元来、住みよい熱帯や亜熱帯から追い出された劣等種であったろうが、逆境と寒冷な風土に鍛錬されて、自然に科学的方面の発達を来たした。また農業に発した強い国家意識と狩猟生活の生んだ寄合評定によって、強大な政治力が養われ今日、世界に雄飛している民族は、総て北種に属する。南種は専制的で議会の運用を巧みに行ない得ない。
社会制度、政治組織の改革は、北種の特徴である。アジアの北種を主体とする日本民族の歴史と、アジアの南種に属する漢民族を主体とする支那の歴史に、相当大きな相違のあるのも当然である。
但し、漢民族は南種と言っても黄河沿岸はもちろんの事、揚子江沿岸でも亜熱帯とは言われず、ヒマラヤ以南の南種に比べては、多分に北種に近い性格を持っている。北種による寒帯文明に徹底した物質文明を偏重せしめたのが西洋文明、すなわち覇道文明である。
では、これに対し熱帯文明が王道文明であるかと言えば、そうではない。王道は中庸を得て、偏してはならぬ。道義を守る人生の目的を堅持して、その目的達成のための手段として、物質文明を充分に生かさねばならない。同じ北種でも、アジアの北種とヨーロッパの北種には、その文明に大きな相違を来たしている。
.. 2022年03月20日 09:21 No.2432001
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