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■--無理な戦犯裁判
++ 伝六 (小学校中学年)…15回          

戦争犯罪というのは、煎じ詰めたところ俘虜の虐待殺人、または非戦闘員の虐待と殺人ということになる。(戦争で人(敵の兵士)を殺した場合は合法的殺人ということになる。)いわゆるA級戦犯の松井大将は、この虐待殺人の行われた現地軍の責任者ということで処刑された。
戦犯の裁判が不当であることについての、アメリカ人の弁護人ブレイクニー少佐の発言を引用する。
 戦争の発動が国際犯罪であるとはずっと考えられてこなかったし、国際法によって犯罪であると考えられたこともない。そして望ましいことではないけれど、今日でもそうなってはいない。我々は勿論ー誰もが知っていることだがー原告側(すなわち連合国側)がここに新しい法を創出しようとしているのだと心得るところであります。論点をすすめよう。同じような事だが、戦争は国家の行動であって、個人のそれでないということである。こういうことはもうこれ以上言う必要もあるまい。国際法の全体系は、戦争が国家行動であり、諸国家間の関係によってもたらされるものとの基底に立っている。すなわち、戦争行為に関し個々人の責任を追及するいかなる条約も合意も存在しないのである。定義上の国際法は国家間に適用さるべきものであって、個々人は問題とならない。・・・中略・・・・法に従って進行するとの自らの声明のもとに正義を打ちたてようと考える当法廷には、そのような管轄権ーすなわち新犯罪を創始するという司法権はないと断定しうるのであります。結局次ぎのように要約したいーというのは、当法廷はこの事について、既にご承知の筈だからであるーすなわち戦争が合法的であるが故に戦争殺害は殺人ではないということであります。この合法的殺害ー述語風に申せば正当殺人犯ーは、全く嫌悪さるべきことだけれども、犯罪責任を問われるものと考えられたことは、かつて一度もなかったのである。もしも真珠湾攻撃によるキッド提督の死が殺人罪を構成するならば、その手でもってヒロシマに原爆を投じたひどい奴の名も、それを計画した主謀者や、その責任ある国家の元首をも我々は知っている。それを彼らは殺人罪であると意識していたであろうか。そうではあるまい。そうでないのは戦闘行為にあって彼らの原因が正義で、敵のそれが不正義であるという理由からではなくて、その行動(戦闘)そのものが殺人罪にあたらないからなのです。」
さすが弁護士、説得力がありますね。しかし、弁護人という職分とはいえ、これだけのことを言うには勇気がいったことだろうと思います。アメリカ人も賢い人は賢い。
.. 2006年09月17日 22:04   No.23001

++ タク (中学生)…30回       
南京虐殺事件は、一般の日本国民は太平洋戦争後に知ったのですが、国際的には事件当時から報道され、東京裁判では最も重要な戦争犯罪とみなされていました。南京虐殺は、南京陥落にともない、城内で発生したと言われる中国国民殺傷事件を指します。

松井大将は、南京が中国の首都であること、支那事変が国際的注視の下にあることを配慮して、南京攻略には入念な注意を払わせました。方面軍参謀長塚田攻少将は、陸軍省法律顧問斉藤良衛博士と相談して、次のような「南京攻略要領」を各部隊に指示しています。

1.両軍(上海派遣軍、第十軍)は南京城外3、4キロの線で停止し、攻略を準備する。
2.飛行機で南京城内の中国軍に降伏勧告文を撤布する。
3.中国軍降伏のさいは、各師団選抜の2、3個大隊と憲兵隊のみを城内に入れ、地図に示した担任区域を警備する。とくに外国権益または文化施設の保護を完うする。
4.中国軍が降伏勧告に応じない場合は、攻撃を開始する。
また、軍紀、風紀に注意をうながす「南京城の攻略及び入城に関する注意事項」と題する訓令も作成しました。

最初に各城門を占領して、日本軍は城内に入りました。中国軍は唯一の退路である下関に出て、揚子江対岸に逃げようとしたが、すでに退路遮断に進出していた第六師団、第十三師団山田支隊に殆ど殲滅させられました。第六師団騎兵第六連隊(猪木近太中佐)は、下関南方で敗走する中国軍約六千人に遭遇し、直ちに機関銃を前面にすえ、乗馬小隊を敵後方に迂回させて退路をたち、約1時間で勝利しました。

下関埠頭にかけて逃走をはかる中国軍が最も多かったのですが、その大部分も殲滅しました。テーブル、丸太、机にもすがって、中国兵は揚子江を泳ぎ、対岸の裏口に逃げようとしました。川面はその大群でおおわれたのですが、対岸には既に第十三師団が進出していたので、射ち込まれる銃砲弾に、中国兵は水面から姿を消したと言います。一応は戦闘行為であり、残虐行為とは言い切れませんが、明白な虐殺行為だと言えばおこなわれたことも、事実なのかもしれません。

だが、中国側は第六師団による国民殺害23万人、第十六師団によるもの14万人、その他6万人、計43万人と発表して、この数字は東京裁判でも主張されました。43万人は誇張だと思います。

.. 2006年09月19日 19:54   No.23002
++ 伝六 (小学校中学年)…16回       
南京での戦闘の時に、中国兵の一部は民間人の服装をしたりしていたらしいのですね。民間人と思って接したら突然おそいかかってきてやられたという例もあったらしいです。そうすると。おのれという心理になるでしょうね。戦場で泣いている赤子があったら、だきかかえてやるくらい余裕のあるのが大和魂ですが、皇軍でなくて、蝗軍だと評されたところもあったようですから、余裕のないのが、かなりいたでしょう。(平和時でも自分の子供などを殺す母親もいたりします)。おまけに中国では督戦隊というのがあって、戦わずに逃げてくる者があったら、射ち殺すということも行っていたようですから、そういうのまで、日本軍が殺したことにした。それを数えても1万人をこえることはないと考えます。また凶悪犯やゴロツキを兵隊につかっていたから、督戦隊が必要であったという事情もあるようです。これらはご存知かもしれませんが、知らない人も多いと思うので書きました。
.. 2006年09月19日 20:24   No.23003
++ 六 (小学校低学年)…6回       
ナポレオンのフランスがドイツを占領していた1807年、フィヒテという人は「ドイツ国民に告ぐ」という、講演をおこないました。そのなかで、次のようなことを言っています。「・・・古代においても、被征服国民を誘惑し、道義的に堕落せしむるの術が彼らを支配する一の手段としてしばしば用いられ成功したものである。即ち征服者は虚言捏造により、或いは諸観念や言語を故意に紛糾せしむることによって、被征服国の君主をば国民に対して讒誣し、国民をば君主に対して讒誣し、かくの如くにして離間せられたる君主と国民とをより安全に支配せんことを試みたものである。・・・」A級B級C級と階級別の罪のような説を流したことには、フィヒテが言ったようねらいがあるかもしれません。というより、濃厚です。国民がまんまとだまされた面はあるでしょう。一方、国民が戦犯裁判にいきどおらなかったのは、国民の心がすでに軍部指導者から離れたいたのではなかろうかと私は疑っています。関係ないけど、石原莞爾に敵対?した軍人の戦争に負けた後の振る舞いは、げんなりするようなのが多いなと思ったことがあります。
.. 2006年09月19日 21:01   No.23004
++ タク (中学生)…31回       
正確な数は確かめようもないのですが、南京警備司令官を命ぜられた中島今朝吾中将が、指揮下の第十六師団に「峻烈」な残敵掃討を命じたこと、一部の兵による掠奪、放火、強姦がおこなわれたことは間違いないようですが、伝六さんが言うように中国兵は用意した私服に着がえて一般市民に紛れ込み、抗日意識に燃えてゲリラ抵抗を行ったといいます。

松井大将は、盛大な入城式とともに南京城に入り、はじめて残虐行為を知り、愕然として軍紀風紀の厳正と不心得者の処罰、被害者にたいする補償などを下命しました。残虐事件に関しては、中国側敗残兵、一部市民への蛮行もあったといいます。当時、中国軍の軍紀が必ずしも厳格でなかったことは周知の事実です。中国赤十字社である「紅卍会南京分会」は、「武装解除サレタ将兵ハ難民地区ニ入リ、若クハアチラコチラニ匿レ場所ヲ求メ」と報告しています。これら残兵が随所で暴行を働いたことは日本側の記録にも残っているのです。日本軍の残虐行為の中にはこれら中国側不心得者の所業も含まれ、また43万人という数字は上海戦以来の正規戦闘死亡者も大量に加算されているとみられます。

南京陥落当時は、城内の中山北路以西、漢中路以北の区域を難民地区とし、主として米英人の牧師、教授、ジャーナリスト、実業家たちが「国際安全地帯委員会」を組織して、保護任務にあたっていました。南京虐殺が海外に伝えられたのは、この「紅卍会」と「国際安全地帯委員会」の報告によるが、東京裁判でも、検事側はこれらの委員会のメンバー、一般市民の供述書、証人を大量に動員して立証をこころみていたのですね。

.. 2006年09月20日 08:17   No.23005
++ たく (幼稚園生)…1回       
シナ事変を、哲学者の三木清氏は次のような論理を立てていました。シナ事変というのはナポレオン戦争みたいなものだと。ナポレオンがドイツ、スペインに民主主義を打ち立てたように、日本への反抗を通して中国は近代国家になるのだという説です。結果的にはそうなったから、正しかったとも言えますが、大きな罪悪感があったことは確かです。文学者の日記を見ると、真珠湾攻撃の日に日本人の気持ちがさっぱりする。アジアの仲間のはずの中国とどうして戦争をしているのかという罪悪感が強かったから、英米との戦いが始まると、これが本当の敵だということで一気に解放感を持つことができたというのです。

.. 2006年09月20日 08:23   No.23006
++ 伝六 (小学校中学年)…17回       
いわゆる南京大虐殺の責任者松井大将は結局通常の戦争犯罪の責任者としての罪を問われました。しかし、起訴のときは、東京裁判の裁判所条例ではc項目犯罪を犯したとされたのです。戦場指揮官ではなしに指導者に属するというので、c級犯罪(c級戦犯ではありません)を犯したということにしたのです。最初は日本軍によるホロコーストがおこなわれたと思っていたのかもしれません。しかし、実はなかったと知りながら、罪をなすりつけよう?としたのかもしれません。そこまでは、かんがえにくいのだけれど、仮説としてはとっておいたほうがよいと思います。戦犯裁判の真実をしらべるのは、不快な真実があらわれることかもしれません。しかし、誰かがやらなければならないことではないかと私は思っています。
.. 2006年09月21日 22:30   No.23007
++ タク (中学生)…32回       
責任者松井大将は、一部の兵の暴行によってと叱責して老大将は泣きながら、おまえたちがしてくれたことは皇軍としてあるまじき行為と、今日より無辜の民を虐げてはならぬと演説しています。

話は随分それてしまいますが、イラン・イラク戦争の際には、米国はイランだけでなく、イラクにも武器を輸出しています。イランもイラクも世界有数の産油国、考えられることは、欧米や日本に輸出した石油の代金としてイランやイラクの政府が得た外貨で、武器を購入させるという構図だったのです。ブッシュ一族の家業は石油業です。そのように考えると、911テロ事件には仕組まれた事件と思っても不思議ではないのです。

日本のマスコミも「アメリカ軍の特殊部隊が半年前からイランに潜入して、施設を探知する作業を続けている。30カ所以上の核施設や軍事施設に向けて、ミサイル攻撃作戦が行われる予定だ」という内容を発表しています。米国の言動は、様々なところで効果をもたらします。去年行われたイラン大統領選挙では、親米的な改革派が不利になり、反米的な強硬派が有利になったのです。イランの民衆は米国と仲直りして豊かになりたいと望む方が増えていますが、米国が敵視を解かず、悪の枢軸に指名するなど、敵視を強めています。

イランも化けの皮を剥がそうとしていますが、世界の多くのイスラム教徒も、ホロコーストの話は嘘だと言う事を感じています。中東の政治家たちの私的な会話でホロコーストは全てが本当ではないと語りますが、欧米の反撃を恐れ、公式には決して語れないのです。だが、イラン側は「ホロコーストの事実の偽造こそが、シオニストのパワーの源なのだ」と語り、同時に「イスラエルは400発の核弾頭を所持しているのに、イランにはウラン濃縮も許さないのは不公平だ。イランに圧力をかけるのは、イスラエルに核兵器を破棄させてからにすべきだ」とも語っているのです。まさに、日本軍によるホロコーストがおこなわれたと罪をなすりつけようとしているように思えてくるのです。

.. 2006年09月22日 19:21   No.23008


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