返信


■--堆積物が示唆する
++ 島村英紀 (社長)…258回          

「次の大地震」
 |  宝永地震なみの大きさになる可能性も
 |  「警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識」その211
 └──── (地震学者)

◎ お盆なので、怪談をひとつ。
 7月から、四国西部の地下深くで不思議な低周波地震が続いている。普通と違
う地震だ。7月に入ってから、いままでにないほど多くの低周波地震が起きてい
る。、な
 低周波地震とは普通の地震よりも周波数が低い地震で、日本各地でときどき観
測される。低周波地震は、固体ではなくて流体的なものが起こしているのではな
いかと思われている。
 これらの低周波地震が来るべき大地震の先駆けになるのかどうかは、現在の地
震学では分からない。かつて静岡の地下でいくつも起きた。そのときには「すわ
大地震か」と緊張が走ったが、結局何も起きなかった。だが、これからも大地震
に無関係かどうかは分からない。
 近年、低周波地震が集中しているのは、東海地方から四国までという、南海ト
ラフ地震が起きそうなところだ。それだけに気味が悪い。

◎ ところで、大分県佐伯市の間越(はざこ)海岸に小さな池がある。砂丘でせ
き止められた龍神池と呼ばれる潟湖で、さしわたし100メートルあまりしかない小
さな池だ。
 最近、この池の掘削で3つの砂の層が見つかった。この池は、過去の南海トラ
フ地震の先祖がどのくらい大きなものだったかを調べるカギを握っている。この
研究は大分県東部から浜名湖までの日本の太平洋沿岸にある約30の湖沼で津波堆
積物の調査を行った一環だった。
 もし大きな津波があれば、海際にある湖沼の底に津波が運んできた海の砂が堆
積する。海の底では波で消えてしまう堆積物が、湖沼の底では残る。約30の湖沼
のうち、もっともはっきりした結果が出たのがこの龍神池だった。
 見つかったいちばん上の海砂の層は1707年の宝永地震、2つ目は1361年の正平
地震、3つ目は684年の天武地震の津波の痕跡だった。
 過去約10回の南海トラフ地震の先祖のうち、砂層は3つしか見つからなかった。
それゆえ、九州で、とくに大きな津波を起こした先祖はこの3回しかなかったこ
とが分かった。
.. 2017年09月25日 10:48   No.1259001

++ 島村英紀 (社長)…259回       
◎ 東日本大震災なみの大地震だったと思われている宝永地震は南海トラフの先
祖のひとつだが、震源は高知の沖よりさらに西側にも拡がっていた。つまり日向
灘に起きた地震が連動して超巨大地震になったことが分かった。日向灘は九州の
東方、四国との間に拡がっている海だ。
 この池の掘削で分かった3枚の砂の層の時間間隔は677年と346年だ。もちろん、
地震の間隔にはばらつきがある。だが、今年は、すでに宝永地震から310年たって
しまっている。
 しかも、いちばん近年の先祖である東南海地震(1944年)と2年後にその西方
で起きた南海地震(1946年)は、両方合わせても、歴代の先祖よりも小さかった。
地震を起こすエネルギーが残っているのだ。それゆえ次の大地震、南海トラフ地
震は宝永地震なみの大きさになる可能性がある。
 その巨大地震がいつ襲ってきても不思議ではない時期になっているのかもしれ
ない。

.. 2017年09月25日 11:27   No.1259002
++ 島村英紀 (社長)…260回       
人類滅亡のときに備えて開設された“図書館”
 |   世界のあらゆる文献データを保管
 |  「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」その212
 └────(地震学者)

○人類が滅亡するときのことを考えたことがあるだろうか。

 壊滅的な人為災害や自然災害が起きても重要なものを亡失から守れるよう、
北極圏の孤島で「デジタル大使館」という名の新しい図書館が開設された。
 ここは大西洋の北緯79度にあるスバールバル諸島。北極まで1000キロあま
 りしかない。私が行ったのは夏だったが、氷河に囲まれて永久凍土に覆わ
れていた。法的にはノルウェー領土だが、日本も批准しているスバールバル
条約があって法制度や行政機構は本土と違う。誰でも査証なしに行けるし、
住み着けるところだ。
 この図書館は、停電のときでも内部の温度は氷点下に保たれ、データは何
百年でも保全される。かつての炭鉱の跡を利用した地下150メートルの深さに
ある。核攻撃にも耐えられる深さだ。
 この図書館は歴史的な文書や文学作品から学術論文まで、世界のあらゆる
文献のデータを集める。
 データは不正なアクセスや改ざんが出来ないよう、ネットワークには接続
されていない。
 集められた文献や映像、写真は、特殊なコンピューターコードに変換され
て感光フィルムに記録され、リールに巻き付けて貯蔵庫で保管される。電子
的な手段を使わなくて保管するのは、サイバー攻撃から確実に守るためだ。
 顧客は特製スキャナーを使ってデータを読み出せる。それさえ働かないと
きは、デジタルカメラとパソコンがあれば、フィルムからデータを復旧でき
る「災害復旧オプション」も用意されている。
 まだ始まったばかりの図書館だが、各国の政府機関や企業、個人などに図
書館の利用を呼びかけている。

.. 2017年09月26日 09:01   No.1259003
++ 島村英紀 (社長)…261回       
○じつは、ここスバールバル諸島には2008年、やはり人類滅亡に備えた種子
貯蔵庫も開設されている。壊滅的な災害が起きても重要な作物を守れるよう、
世界のほぼ全ての国と地域の88万種、5億5600万個の種子が、常時、氷点下
18度で保管されている。
 種子を預け入れた国と地域がその管理活用権を持つ。2015年にはシリアの
科学者がここに保存されていた種子を使って、内戦で失われた種を復活させた。
 スバールバル諸島はどのプレート境界からも遠いので、地震も起きないし
火山もない。また42カ国が非武装を宣言している。図書館にも、種子保存に
も地球上で最も安全な場所であることは間違いがない。

○ところで日本では、7月、核のゴミを国内に捨てるマップが経済産業省によ
ってはじめて公開された。「高レベル放射性廃棄物の最終処分に関する科学
的特性マップ」というものだ。
 だが、世界に冠たる地震国・火山国である日本は4つものプレートが衝突し
ている境界にある。
 もし漏れたら多くの厄災をもたらす核のゴミはもちろん、文書や種子の保
管にも、もっとも適していない場所なのだと科学者としては言わざるをえな
い。「地域の科学的特性を国から提示する」このマップには、地球物理学の
知見は入っていないのであろうか。

.. 2017年09月26日 09:12   No.1259004
++ 島村英紀 (社長)…262回       
南海トラフ地震の「先駆け」かも−阪神淡路大震災や
 |  鳥取県西部地震は来るべき南海トラフ地震の先駆けの
 |  ひとつかもしれない
 |  警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識 その214
 └──── (地震学者)

◎ いまから74年前、1943(昭和18)年9月10日に鳥取地震が起きた。
 マグニチュード(M)は7.3。直下型としては最大級の地震だった。6400人以上の
犠牲者を出した阪神淡路大震災(1995年)と同じ大きさだ。
 この大地震を経験した老婦人と会って話を聞いたことがある。鳥取市の中心部
は壊滅し、古い町並みはすべて失われてしまった。市内の住宅の全壊率は80%を
超え、犠牲者は1083人にのぼった。
 だが、唯一の救いもあった。当時は市民の防災訓練が徹底されていたので大火
にはならなかったのだ。1945年に終わった第二次世界大戦の終末期で、日本各地
で米軍の空襲に備えてバケツリレーなどの訓練が行われていたのである。
 じつは鳥取地震では市内16ヶ所から出火していた。地震が起きたのが夕方18時
前で夕食の準備中という最悪の時間帯だった。水道管も破裂していた。

◎ しかし、鳥取はその9年後、戦後日本最大の大火に見舞われてしまった。
1952年4月に起きた鳥取大火だ。この大火で焼失面積45万平方メートル、鳥取市
の人口の3割以上である2万人が被災した。
 この火事がこれほどの大火になってしまった原因はフェーン現象だった。低気
圧が日本海北部にあり、そのため毎秒15メートルもの乾いた強い南風が日本海に
面した鳥取に吹いていた。鳥取は大地震と大火で、踏んだり蹴ったりだったので
ある。
 昨年12月に起きた新潟・糸魚川市の大火も、鳥取大火と瓜二つの気圧配置だっ
た。やはりフェーン現象で吹いた南風が強くて火が燃え広がってしまった。だが、
鳥取大火では、糸魚川大火の11倍もの面積に焼け拡がってしまったのだ。


.. 2017年09月28日 07:59   No.1259005
++ 島村英紀 (社長)…263回       
◎ ところで、鳥取地震はたんに鳥取だけの地震ではなかった。
 北但馬地震(1925年、M6.8)と北丹後地震(1927年、M7.3)と鳥取地震は、
南海地震(1946年、M8.0)と東南海地震(1944年。M7.9)の「先駆け」になっ
た直下型地震ではないかと考えられているのだ。
 南海地震と東南海地震は、恐れられている「南海トラフ地震」の先祖だ。同じ
メカニズムで起きる先祖は10回以上が知られている。
 これら先祖たちの数十年前から西日本で直下型地震がいくつも起きたことが知
られている。
 2013年4月に兵庫県淡路島付近でM6.3の直下型地震が起きた。最大震度は6弱。
住家の一部損壊が2000棟以上にのぼったのをはじめ、水道管の破損や液状化によ
る施設被害が各所で起きた。2015年2月にも徳島で最大震度5強の直下型地震が起
きた。
 もし恐れられている南海トラフ地震が起きたら、これら淡路島や徳島の地震は
「先駆け」だったといわれるに違いない。
 それだけではない。もしかしたら阪神淡路大震災や鳥取県西部地震(2000年。M
7.3)も、来るべき南海トラフ地震の先駆けのひとつかもしれないのである。

.. 2017年09月28日 08:09   No.1259006
++ 島村英紀 (社長)…264回       
.「関東全域を襲う内陸直下型地震 
 |  人々の記憶に残らなかった西埼玉の被害 」
 |  関東地方のどこにも、これから襲ってくる
| 内陸直下型地震の危険はあるのだ
| 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」その216。
 └──── (地震学者)

 埼玉県は地震も台風の被害も少なく、自然災害が少ない県として知られ
ている。住んでいる人も油断しているに違いない。
 たとえば首都圏に死者10万人を超える大災害をもたらした関東地震
(1923年)も、埼玉県では死者数は死者全体の約2%、220名弱。それも東京
に接する南部に被害が集中していた。

○だが、油断してはいけない。埼玉県でも内陸直下型地震は起きる。その
ひとつが、1931(昭和6)年9月21日に起きた「西埼玉地震」だ。マグニ
チュード(M)は6.9だったが20人近い死者を生んでしまった。
 この地震は県西部の寄居(よりい)に震源があった。震源がごく浅い直
下型地震だった。
 寄居(現大里郡寄居町)は秩父山地が迫っているところだ。地鳴りが広
い範囲で聞こえた。これは堆積物がほとんどない山地の地震の特徴である。
山地には被害がほとんどなく、寄居の市街地は壁が落ちた程度で被害が少
なかった。
 一方、埼玉県の中部や東部で人々が集まっているところに被害が多かっ
た。被害が大きかったのは、荒川と利根川沿いの県東部の地盤が軟弱なと
ころだった。
 揺れが大きかったところでは地面に亀裂が走り、広い範囲で地盤液状化
による地下水や土砂の噴出、井戸水の濁りなどが生じた。

○そもそも西部を除いた埼玉県の多くが田んぼや湿地を埋め立てて住宅街
ができている。こういった場所では液状化が起きやすい。
 隣接する群馬県でも、関東地震より西埼玉地震のほうがずっと大きな被
害を出した。たとえば倒壊家屋は関東地震では50棟もなかったのに、西
埼玉地震では150棟を超えたし、死者5人も出た。西埼玉地震での群馬県
の被害も利根川と支流の近くに集中していた。
 

.. 2017年10月02日 08:41   No.1259007
++ 島村英紀 (社長)…265回       
関東地震のときの揺れの分布図を見ても、東京から埼玉県東部へかけて、
揺れが大きかった「帯」が延びている。これは荒川と利根川が長年かかっ
て運んできた軟弱な土が厚く堆積しているところだ。これから襲って来る
大地震でも、これらの地域は、また、大きく揺れるに違いない。

○西埼玉地震が人々の記憶に残っていない理由がある。
 ひとつは群馬・長野県境にある浅間山(標高2568メートル)だ。1927
年ごろから噴火活動がさかんになり、毎年のように爆発を繰り返していた。
そして1930年には死者6人、1931年にも死者3人を出す噴火が続いてい
た。━━
 天災ばかりではない。西埼玉地震の4日前には、満州事変の発端となる
柳条湖事件が起きている。地震発生当日にも朝鮮に駐留していた帝国陸軍
が独断で中国国境を越えて派兵して、国内も騒然となっていた時期だった
のだ。つまりメディアや人々の関心は西埼玉地震からすぐに離れてしまっ
たのである。

○しかし、忘れてはいけない。関東地方のどこにも、これから襲ってくる
内陸直下型地震の危険はあるのだ。昔とは比較にならないくらい多くの家
が建ってしまっただけに、地震への弱さがことさら心配になる。

.. 2017年10月02日 08:49   No.1259008
++ 島村英紀 (社長)…266回       
日本の高層ビルは安全? 世界各地で被害を生む「長周期表面波」とは
 |  地下では2センチしか揺れなかったのに、最上階では地上の20倍
 | 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」その215
 └──── (地震学者)

○9月14日は長野県西部地震が1984年に起きた日だ。マグニチュード(M)は6.8。
内陸直下型地震で長野県・御嶽山山麓で起きた。
 死者・行方不明者29人を生んだほか、地震学にも大きな問題を提起した
地震でもあった。
 それは「長周期表面波」だった。表面波とは、普通の地震波とちがって、
地球の表面しか伝わらない。物理的に言えば、距離の二乗で減衰するから、
普通の地震波が距離の三乗で減衰していくのとちがって、遠くまで弱まら
ずに伝わっていく。

○関東大震災(1923年)以来、日本のビルの高さは百尺(31メートル)に
制限されてきた。だがその建築制限が1963年に撤廃されてから日本の多くの
都市に高層ビルが建ち並ぶようになっている。
 しかし、その種の高層ビルが長周期表面波でどのくらい揺れるのかは
未知数だった。遠くまで弱まらずに伝わってくる長周期表面波が高層ビル
を共鳴させて大きく揺れるのではないかという心配があったのである。

○このため、村松郁栄さんという地震学者(当時、岐阜大学教授)が、
この種の長周期表面波を測れる地震計を開発して、出来はじめたばかりの
高層ビルに設置しようとした。
 だが、どのビルも嫌がった。もし大きな揺れで被害が出たら裁判で負ける
のではないか、被害が出なくてもその高層ビルが揺れたことが知られたら
客商売などで不利になるのではないかと、どのビルも恐れたのである。
 村松さんがやっと見つけたのは新宿の超高層ビルだった。ビルの名前を
論文にはけして出さないという約束で、屋上と地下室に地震計を置かせて
もらったのだ。
 その地震計が最初に記録した大地震が長野県西部地震だった。震源から
200キロも離れていて東京の震度は3だったから地上では何の被害もなかった。
朝9時前で寝ている人もほとんどなく、歩いていて地震だと気がつかない人
も多かった。
 しかし地下では2センチしか揺れなかったのに、最上階では地上の20倍
もの揺れが記録されたのだ。

.. 2017年10月04日 08:24   No.1259009
++ 島村英紀 (社長)…267回       
この地震では、ほかにも東京の超高層ビル群の多くで、エレベーターの
「管制ケーブル」が切れてしまった。そのうえ、震度3という小さい震度
ゆえ、大きな地震のときにエレベーターを緊急停止するための特殊な地震計
も働かなかった。

○先週、メキシコ南部でM8.1の地震が起きて大きな被害を生んだ。
 だがその前、1985年のメキシコ中部の沖で起きたM8.1のメキシコ地震では
400キロも離れた首都メキシコ市で数千もの建物が崩壊し、1万人以上が死亡
した。遠くでも弱まらない長周期表面波の仕業だった。

 最近は日本でもいくつかの高層ビルでようやく事後対策がとられ始めている。
 しかし、ビルの設計のときにどのくらいの地震波が来るか知らないまま
多くの高層ビルが建ってしまっているのは心配なことである。日本でも、
もっと大きな地震が襲ってくる可能性があるのだ。

.. 2017年10月04日 08:32   No.1259010


▼返信フォームです▼
Name
Email
ホームページ    
メッセージ
( タグの使用不可 )
Forecolor
アイコン   ICON list   Password 修正・削除に使用