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■--柏崎刈羽原発優先審査を隠す規制委員会
++ 木村雅英 (課長)…164回          

   〜凍土壁失敗報道と重ねたくない? 
   再び「あれはあれ、これはこれ」?〜
原子力規制委員会は原発再稼働推進委員会! その110
 └──── (再稼働阻止全国ネットワーク)

 8月23日に沸騰水型柏崎刈羽原発6,7号機の優先審査が報道された(ロイター、毎日、東京など)が、明くる24日の記者会見で田中委員長はこれを否定した。
折しも凍らない凍土壁は大失敗で血税350億円を投じた政府・東電・建設会社の責任が問われている中で、今柏崎刈羽優先審査が明らかになると、原子力規制委員会の信用がますます悪くなるからだ。
 もともと、2013年には「あれ(イチエフ)はあれ、これ(柏崎刈羽)はこれ」という訳にはいかないと言っていた原子力規制委員会が、2014年には柏崎刈羽原発の優先審査を開始した(「原子力規制委員会は再稼働推進委員会!」その31)。しかしながら、今年になって東電が施設の耐震評価の方法を変え、資料提出が遅れる為にしばらく優先審査を休んでいただけだ。現に原子力規制委員会は8月30日の審査会合で東電柏崎刈羽原発の耐震設計を予定している。
 原子力規制委員会が柏崎刈羽原発6,7号機を優先審査しているのは間違いない。これを隠す田中委員長はあまりに姑息だ。

◆柏崎刈羽原発を優先審査、規制委(8月23日ロイター)
こちら
 原子力規制委員会が、事故を起こした東京電力福島第1原発と同じ沸騰水型原発の再稼働に向けた審査で、東電柏崎刈羽6、7号機(新潟県)を優先して進める方針を固め、2基と並行審査中の原発を持つ電力会社に伝えていたことが23日、分かった。審査が順調に進めば本年度内にも合格する可能性が出てきた。
 第1原発事故後にできた新規制基準に基づく審査に合格し、これまでに再稼働した原発は全て加圧水型で、2基が合格すれば、東電の原発では初めて、全国的にも沸騰水型では第1号となる。
 ただ第1原発事故は収束しておらず、事故の当事者である東電の原発が優先されることは議論を呼びそうだ。

◆原子力規制委員会記者会見録(8月24日)
こちら
○田中委員長 報道は知っています。今日いっぱい、たくさん出ていたから。でも、報道されているような事実があったとか、そういう相談を受けたことも何もありません。私の理解では、柏崎刈羽については、耐震設計のところでまだ残っているということもありますし、いくつか大きな課題が残っていて、そもそもが東京電力という実施事業者という問題もありますし、いくつかこれから問題があると思うので、優先になるかどうかというのは分かりません。

.. 2016年08月29日 10:38   No.1090001

++ 柳田 真 (部長)…204回       
藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出
 |  原発に警鐘を鳴らし続けた物理学者
 |  広瀬隆さんが追悼文を書かれた−その要旨紹介
 └──── (たんぽぽ舎)

○藤田祐幸さんが7月18日に亡くなられた(73歳・1942年生まれ)。藤田祐幸さんはたんぽぽ舎とも縁が深かった方で、私たちにも多くの思い出と一緒の活動がありました。活動を共にされた広瀬隆さん(作家)がデイズジャパン9月号に『藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出』という一文を書かれています。藤田さんの活動の歴史−原発を中心とした−が簡潔に要を得てまとめられています。この一文だけでも、日本の原子力開発の何が問題だったか、闇の中の原発の歴史の暗部がよくわかる−祐幸さんが生涯をかけて闘ってきたものがわかる−追悼文です。
○2頁の文章のさわりを紹介します(抜粋)
・1979年アメリカでスリーマイル島原発事故のあとのテレビに出た原発推進派の人を打ち負かしての活躍−広瀬さんが藤田さんとの最初の出会い
・東京で食品汚染の測定をするためにたんぽぽ舎放射能汚染食品測定室をつくった−1986年チェルノブイリ事故のあと、現地調査をしての活動
・1995年阪神大震災のあと、たんぽぽ舎の地震研究会に藤田さんと私も加わって原発の耐震性と危険性の解析に取り組んだ。
・日本の原子力開発は電力のためではない。原爆の製造のためにスタートした⇒『藤田祐幸が検証する原発と原爆の間』(本の泉社、2011年)に単行本としてまとめられた。
・藤田さんの最大の偉業は、日本で原発が動き出した時代の1965年から現在に至るまでの長期間にわたる電力供給のグラフを描いて、「日本の電力は、ずっと原発ナシで足りてきた」という歴史的なデータを示したことにあると思う。
・2人でエネルギー問題を追及し、二酸化炭素温暖化説がまったくの嘘であるという理論的なデータを構築することができた。
・2011年東電福島事故発生−「メルトダウンが起こっている可能性が高い」ことを、日本で最初に明言した、藤田さん。

 ※9月21日(水)夕方、東京世田谷で藤田祐幸さんを偲ぶ会が開催されます。
  たんぽぽ舎も何人かで参加します。


.. 2016年08月29日 10:44   No.1090002
++ 山崎久隆 (社長)…631回       
あまりに酷い伊方3号機
 |  再稼働直前に故障する原発−川内(九州電力)も高浜(関西電力)も
 |  伊方(四国電力)も…
 |  規制庁の甘い審査−規制庁交渉で痛感したひどい回答、
 |  特に原子炉の安全性   ※連載その1(5回連載)
 └──── (たんぽぽ舎)

 四国電力伊方原発3号機が12日に原子炉を起動した。プルトニウム燃料
(MOX燃料)を積んだプルサーマル炉でもある。
 8月9日長崎原爆の日に再稼働阻止全国ネットワークが規制委と交渉を
持ったが、その結果、一般とも科学ともかけ離れた認識に唖然とさせられ
た。これまでも何度も議論をしたが、今回は最も強くそれを感じることに
なった。担当した箇所での質問と回答に対し、特に原子炉の安全性に関す
る点についての批判を以下に述べる。

見出し
1.一次冷却材ポンプの軸受漏えい (本日掲載)
2.1000ガルに耐えられる?
3.マジックナンバー1.54倍
4.自然循環不成立時の過酷事故対策
5.注入圧力はわずか7気圧


1.一次冷却材ポンプの軸受漏えい

 原子炉一次系に破損が発生すると流出する冷却材の流れに阻害されて自
然循環は成立せず燃料を冷却できないことは明確である。炉内の冷却材は
開口部に向かって流れてしまうからだ。
 自然循環は炉心燃料の熱により発生し、高温になった冷却材は出口配管
を通過して蒸気発生器に向かい、そこで二次系または空気(二次系が蒸発
していれば)により冷却されて比重の大きな冷却材になるので、蒸気発生
器細管を下り一次冷却材ポンプを経て入口ノズルから原子炉内に戻る。こ
れが自然循環の流れだが、何らかの原因により蒸気発生器細管、加圧器、
一次冷却材ポンプなどの何処か(計装系などの微少配管なども含めて)で
漏えいが発生したら漏えい口から冷却材は噴出し、冷却材の流れは損傷部
に向かう一方的なものになる。
そのため自然循環は成立しない。

 その中でも漏えい箇所になる可能性の高い一次冷却材ポンプは、実は破
損が全くなくても電源が喪失しただけで漏えいが発生するやっかいな装置
である。
 ポンプには「シール部」という場所がある。ポンプ回転軸を伝って内容
物が漏れるのを防ぎ、軸受を安定させる装置だ。加圧水型軽水炉の一次系
にはループごとにポンプがあるので、伊方3号機の場合は3台ある。
 そのシール部は外から強い圧力をかけて「軸封水」または「シール水」
を押し込んでおり、そのおかげで隙間から冷却材が漏れるのを防いでいる。
この水圧は炉圧より高く157気圧以上で「充てんポンプ」というポンプに
より圧力がかけられている。しかし電動ポンプだから電源喪失と共に機能
喪失する。

 

.. 2016年08月30日 08:00   No.1090003
++ 山崎久隆 (社長)…632回       
機能を喪失するとシール水を押し込めなくなり、内部の157気圧の冷却
材が漏れてくる。最大漏洩量は最も圧力が高い漏えい初期段階でポンプ
1台あたり毎時最大109トンと想定されている。(時間と共に圧力が下が
るので漏洩量は徐々に減少する。)
 シールの破損は、この漏洩量を増やす方向に影響すると思われるので、
真剣に検証をすべきなのだが、今回の漏えいが「シール水のみの漏えい」
だとして、何の検証も検討もしていない。安全側に立った態度とは到底い
えないのである。
規制庁は自らは事故原因調査もしていない。

 四国電力によると、格納容器耐圧検査において使用圧力の1.1倍をかけ
たところ、ポンプ軸封部のOリングに外部から圧力が掛かり変形、そのま
ま動かしたため軸受が傾き漏えいに至ったというのだが、これだとポンプ
3台とも起きない理由の説明にならない。個体差だと四国電力は言ったそ
うだが、それで済むのならば規制庁などいらない。原因と調査がいいかげ
んだと、全く予期しない原因があっても排除されていないので、運転中に
大規模な破たんを来しても未然に防げない。そのような事例は過去にいく
らでもあったではないか。

 典型的例を一つあげれば、軸振動の増大を甘く見て再循環ポンプを破壊
するまで運転し続けた福島第二原発3号機の事故がある。その前年に同型
機の1号機で起きていた損傷を見逃したことが、最終的に事故を未然に防
げなかった。
 こんな経験を山のようにしているのに、今回の規制委の稼働許可は、何
が起きても教訓にさえならない現実を見せつけている。
 電源喪失時には一次冷却材ポンプが冷却材喪失の大きな流出点になると
分かったのは福島第一原発事故の教訓である。それまでは抽象的には認識
されていたが、そもそも全電源喪失が長時間続くという想定そのものが
「想定外」なので、実態として対策されていない。

 では、福島第一原発事故後の今はどうなったのかというと、本質的には
何ら変わりはしない。
 ポンプはもちろん以前のままだし、冷却材喪失対策が、結局は消防車の
ポンプという。せめて炉圧と同じ圧力でも注水できる電源不要のシステム
を付けるべきであるが、対策は取られないままに加圧水型軽水炉が動き出
している。
 一つの方法は、沸騰水型軽水炉の原子炉隔離時冷却系統と同様の装置を
付けることだ。 

.. 2016年08月30日 08:07   No.1090004
++ 冨塚元夫 (大学院生)…101回       
沖縄の差別され続けた戦後史
 |  NHKスペシャル2016年8月20日(土)を見て
 └──── (たんぽぽ舎ボランティア)
             
  8月20日21時NHKスペシャル「沖縄 空白の1年 1945-1946」(新資料で迫る終戦直後 なぜ基地はつくられたのか)を見ました。

  米軍は、沖縄戦直後には日本本土攻撃のため基地を作りました。平地(住宅地、田畑)に基地を作るために沖縄住民30万人を収容所に入れました。収容所は平たんでない北部山地に多くありました。食料不足とマラリアのために6400人が死亡しました。
 沖縄の戦後統治をめぐる対立が米国内部にありました。基地を強化しようとする軍(統合参謀本部)と沖縄を本土に先駆けて民主化しようとする国務省との対立でした。国務省の政策で海軍軍政府が民主的統治を始めました。
 沖縄の復興・解放のため沖縄民事ハンドブックを作り、本土との差別をなくし、軍政府は自治を後押しする方針でした。「沖縄非武装化返還」を目標にし、沖縄人による自治の準備として、沖縄諮詢会を作りました。
 代表は又吉康和さんと中曽根源和さんで、女性参政権のある選挙を収容所内で行い、1946年1月1日を期限とする再定住計画を作りました。

  しかし実際は、1946年1月1日にはまだ12万5千人が収容所に残されました。撤退するはずだった軍(陸軍)は参謀本部の命令で「普天間基地のアスファルト舗装」「嘉手納飛行場整備」「那覇飛行場整備」を行いました。対共産主義国基地の強化でした。何百年も続いた村をつぎつぎに破壊して基地を拡大しました。
 住居・田畑を失った人々を労働力として基地関係の仕事につかせました。新貨幣を発行し、働かないと食えないようにしました。海軍軍政府は排除され陸軍が沖縄を直接統治しました。自治への道は閉ざされました。
 一方、トルーマン大統領の命令で、日本は民主化の方向で統治されるようになりました。

  日本への食糧援助も行われましたが、コストがかかりすぎるという米国内の批判もあり、食料援助が縮小されました。
 どのようにしたかというと、日本に出稼ぎに来ていた沖縄人10万人を沖縄に返したのです。沖縄はますます食料不足になりましたが、GHQは「沖縄人は日本人ではないから、日本の民主化には関係ない」と考えました。

  さらに、マッカーサーは「日本人は沖縄の基地化に反対しない、なぜなら沖縄人は日本人ではないから」と本国に報告しました。
 戦後直後の1年間で、差別に基づいて、沖縄人の意思とは関係なく、対共産国軍事戦略のために沖縄は基地化されました。貧困も押し付けられました。

  それから70年後、日本政府は米軍の新たな軍事戦略のために、差別に基づいて、美しい辺野古の海と貴重な自然の残る高江に新基地を作り、自然を破壊しようとしています。
  そのことによって、日本の平和憲法も骨抜きにされます。アーサービナードさんが高江からレポートしています(東京新聞8月19日朝刊「こちら特捜部」をご参照ください)。


.. 2016年08月30日 08:13   No.1090005
++ 木村雅英 (課長)…165回       
柏崎刈羽原発優先審査を隠す規制委員会
 |  〜凍土壁失敗報道と重ねたくない? 
 |  再び「あれはあれ、これはこれ」?〜
| 原子力規制委員会は原発再稼働推進委員会! その110
 └──── (再稼働阻止全国ネットワーク)

 8月23日に沸騰水型柏崎刈羽原発6,7号機の優先審査が報道された(ロイター、毎日、東京など)が、明くる24日の記者会見で田中委員長はこれを否定した。
折しも凍らない凍土壁は大失敗で血税350億円を投じた政府・東電・建設会社の責任が問われている中で、今柏崎刈羽優先審査が明らかになると、原子力規制委員会の信用がますます悪くなるからだ。
 もともと、2013年には「あれ(イチエフ)はあれ、これ(柏崎刈羽)はこれ」という訳にはいかないと言っていた原子力規制委員会が、2014年には柏崎刈羽原発の優先審査を開始した(「原子力規制委員会は再稼働推進委員会!」その31)。しかしながら、今年になって東電が施設の耐震評価の方法を変え、資料提出が遅れる為にしばらく優先審査を休んでいただけだ。現に原子力規制委員会は8月30日の審査会合で東電柏崎刈羽原発の耐震設計を予定している。
 原子力規制委員会が柏崎刈羽原発6,7号機を優先審査しているのは間違いない。これを隠す田中委員長はあまりに姑息だ。

◆柏崎刈羽原発を優先審査、規制委(8月23日ロイター)
こちら
 原子力規制委員会が、事故を起こした東京電力福島第1原発と同じ沸騰水型原発の再稼働に向けた審査で、東電柏崎刈羽6、7号機(新潟県)を優先して進める方針を固め、2基と並行審査中の原発を持つ電力会社に伝えていたことが23日、分かった。審査が順調に進めば本年度内にも合格する可能性が出てきた。
 第1原発事故後にできた新規制基準に基づく審査に合格し、これまでに再稼働した原発は全て加圧水型で、2基が合格すれば、東電の原発では初めて、全国的にも沸騰水型では第1号となる。
 ただ第1原発事故は収束しておらず、事故の当事者である東電の原発が優先されることは議論を呼びそうだ。

◆原子力規制委員会記者会見録(8月24日)
こちら
○田中委員長 報道は知っています。今日いっぱい、たくさん出ていたから。でも、報道されているような事実があったとか、そういう相談を受けたことも何もありません。私の理解では、柏崎刈羽については、耐震設計のところでまだ残っているということもありますし、いくつか大きな課題が残っていて、そもそもが東京電力という実施事業者という問題もありますし、いくつかこれから問題があると思うので、優先になるかどうかというのは分かりません。


.. 2016年08月31日 08:06   No.1090006
++ 柳田 真 (部長)…205回       
藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出
 |  原発に警鐘を鳴らし続けた物理学者
 |  広瀬隆さんが追悼文を書かれた−その要旨紹介
 └──── (たんぽぽ舎)

○藤田祐幸さんが7月18日に亡くなられた(73歳・1942年生まれ)。藤田祐幸さんはたんぽぽ舎とも縁が深かった方で、私たちにも多くの思い出と一緒の活動がありました。活動を共にされた広瀬隆さん(作家)がデイズジャパン9月号に『藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出』という一文を書かれています。藤田さんの活動の歴史−原発を中心とした−が簡潔に要を得てまとめられています。この一文だけでも、日本の原子力開発の何が問題だったか、闇の中の原発の歴史の暗部がよくわかる−祐幸さんが生涯をかけて闘ってきたものがわかる−追悼文です。
○2頁の文章のさわりを紹介します(抜粋)
・1979年アメリカでスリーマイル島原発事故のあとのテレビに出た原発推進派の人を打ち負かしての活躍−広瀬さんが藤田さんとの最初の出会い
・東京で食品汚染の測定をするためにたんぽぽ舎放射能汚染食品測定室をつくった−1986年チェルノブイリ事故のあと、現地調査をしての活動
・1995年阪神大震災のあと、たんぽぽ舎の地震研究会に藤田さんと私も加わって原発の耐震性と危険性の解析に取り組んだ。
・日本の原子力開発は電力のためではない。原爆の製造のためにスタートした⇒『藤田祐幸が検証する原発と原爆の間』(本の泉社、2011年)に単行本としてまとめられた。
・藤田さんの最大の偉業は、日本で原発が動き出した時代の1965年から現在に至るまでの長期間にわたる電力供給のグラフを描いて、「日本の電力は、ずっと原発ナシで足りてきた」という歴史的なデータを示したことにあると思う。
・2人でエネルギー問題を追及し、二酸化炭素温暖化説がまったくの嘘であるという理論的なデータを構築することができた。
・2011年東電福島事故発生−「メルトダウンが起こっている可能性が高い」ことを、日本で最初に明言した、藤田さん。

.. 2016年08月31日 08:15   No.1090007
++ 沼倉 潤 (小学校中学年)…19回       
福島から木幡ますみさんも参加し8/27たんぽぽ舎会員交流会が
 |  盛況に行われました
 |  「経産省前テントひろば」運動の今後、福島の現状、東電追及、
 |  核空母問題など課題はいっぱい
 |  この秋、たんぽぽ舎はみんなの力を合わせ頑張ります
 └────  (たんぽぽ舎事務局)

  8月27日(土)夕方16時から、31名の皆さんが参加し、初めての事ですが「会員交流会」が行われました。
 福島からは大熊町議の木幡ますみさんも参加。他にも千葉、神奈川、埼玉の遠方より参加頂き、有意義な話し合いと交流が行われました。
 初めてたんぽぽ舎を訪れた会員や、久しぶりにたんぽぽ舎を訪れた方など、席を一緒に和やかな懇談と、普段疑問に思っている事などを皆で話題にし、疑問についても、会員の方から教えて頂くなど、総会や講演会とは違った雰囲気の中で、あっという間に時間が過ぎていきました。

  メールマガジンや講座企画の運営なども報告されましたが、話題はホームページの運営に。大きな前進が見られたことに拍手喝采でしたが、ホームページ担当の苦労にも報いるためにも、皆さんの協力を呼びかけました。
 出席者から、その場でお手伝いしたいとの返答もあり、みんなの小さな力が少しずつ繋がっていくたんぽぽ舎運動がまた一歩前に進むことが出来ました。

  後半の懇親会では、一品持ち寄りをお願いしていましたが、貴重な話題をお話して頂いた93歳の版画家、森本さんからの差し入れも含め、豊富な差し入れが届き、懇親会は1時間延長し、出席者全員から一言、お話をして頂きました。
 年に2回ぐらいは開催していきたいと思っておりますので、今回ご都合がつかなかった方は、是非、次回ご出席願いたいと思います。



.. 2016年09月01日 07:58   No.1090008
++ 林 心平 (幼稚園生)…1回       
書籍の紹介
 |  「日米同盟と原発」=隠された核の戦後史=中日新聞社会部
 └────  (泊原発の廃炉をめざす会事務局長補佐)

○ 世界唯一の被爆国が、なぜ、世界に冠たる原発大国になったのか。
 本書を一文で要約すると、この、ごく素朴かつ本質を問う質問となる。
 広島と長崎での筆舌につくしがたい経験を経て、大多数の日本人が、とにかく核兵器は嫌だと思ったはずだろう。被爆から70年以上たった今も、核兵器なんてやめようよ、という姿勢に変わりはない(と思いたい)。

○ 確かに日本は核兵器を保有していない。だが、原発で使用済みになった核燃料にはプルトニウムが含まれている。そして、プルトニウムは核兵器に転用できるのだ。

○ この奇妙な日本の進路に疑問を感じる人が増えたのは、福島第一原発事故後のことだった。はっきり言うならば、気づくのが遅すぎたということになる。
 だが、今からでも、この謎をときほぐし、日本の行く末を再考しようじゃないかという、新聞記者たちの熱い思いが、本書に結実している。

○ 戦時下の日本で、原爆製造をめざす研究者たちのエピソードから話は始まる。
 原爆が投下された、というところから始まるのではないところに注目したい。そうだ。もし可能であったら、日本は原爆を作り、自分の武器としたのだ。それができなかった。アメリカにはできた。

○ 戦後、日本は政治の基軸を日米同盟に置く。原発は日米同盟の下で、アメリカの影響をたっぷり受け、育てられてきたのだ。そのことを外交史料の発掘、生存する当時の関係者や遺族へのインタビューを集めて、検証していく。
 なんとも地道な取材の果てに、おそろしいほどの圧力、自粛、利権構造が明らかになっていく。
 「原爆反対をつぶすには原子力の平和利用を大々的にうたい上げるしかない」
「ビキニ事件」後、このような発言をしたのは、アメリカ人ではない。日本人なのだ。こうして、原発は国策として推進されていく。

○ 今一度、素朴な疑問に立ち返ろう。
 「世界唯一の被爆国」は、核廃絶の先頭に立つほかないのではないか。原発も含めた核廃絶である。
 「世界唯一の被爆国」という主語からおのずと続くのは、決して「原発推進する」するという述語ではない。「世界から核をなくそうと呼びかける」のである。

 『泊原発の廃炉をめざす会』
 「HAIROニュース2016・8・1」NO.19より許可を得て転載

    「日米同盟と原発」=隠された核の戦後史
    中日新聞社会部(編集) 定価:1600円+税


.. 2016年09月01日 09:06   No.1090009
++ 沼倉 潤 (小学校高学年)…20回       
.「原発現地へ行く会」は泊現地の皆さんの呼びかけに応え
 |  10月8日〜10日の連続行動の案内を発信致します
 |  来年夏ともいわれている「泊原発再稼働」阻止にむけ
 |  この秋から行動開始
 └────「原発現地へ行く会」事務局 
 北海道電力は泊原発の再稼働に向けて、住民説明会を開始している。
「泊原発」で一度事故が起きれば周辺自治体のみならず、津軽海峡一帯は放射能で汚染される。また、プルサーマル運転の泊原発は六ヶ所再処理工場の稼働とも密接に関連している。
核廃棄物誘致に反対する道民の声も高まる中での「泊原発の再稼働」は許されない。
厳寒の冬の北海道では、ビラ一枚配布するにも苦労する。現地の皆さんはこの秋、早々に「泊原発再稼働阻止実行委員会」を立ち上げ、行動を開始した。全国から応援しよう。
10月行動への参加を呼びかけます。
★10月8日(土)13時「さよなら原発北海道集会」
  主催:さようなら原発1000万人アクション北海道実行委員会
  会場:札幌市大通公園8丁目ひろば
★10月9日(日)13時〜15時30分「泊原発再稼働阻止現地集会」
  <集会・デモ・風船上げ行動など、原発が見える岩内町の埠頭で開催>
  主催:泊原発再稼働阻止実行委員会 
  会場:岩内町旧フェリー埠頭緑地
★10月10日(休日)9時〜13時
「泊原発周辺フィールドワーク」(バスツアー)
主管:行動する市民科学者の会・北海道
●参加申し込みは「原発現地へ行く会」までfax又はメールで、氏名、生年月日、連絡先を記載し、申込み願います。Fax 03-3238-0797
               メール: info@sendaiikou.com
               問合せは、tel 070-5019-5907 
●「原発現地へ行く会」は北海道を除く全国の参加者に交通費の補助を実施します。
 *申込み頂いた個人に限る。団体での申し込みはご遠慮願います。
 ◎「原発現地へ行く会基金」へのカンパ歓迎  
   ゆうちょ銀行 00190-0-361095 加入者名 「原発現地へ行く会」
   城南信用金庫九段支店(普通)334455「原発現地へ行く会」

 《関連行動》
 ▼六ヶ所〜大間〜函館〜泊〜札幌リレーデモ(自転車隊)
  10月3日(月)〜10月8日(土)函館市激励、周辺自治体訪問し札幌集会に合流。
  各地で交流会開催。
  主催:泊原発再稼働阻止実行委自転車隊
  参加申し込み・問合せ先:070-5477-4296(中道)
    メール hankakunen@gmail.com
 ▼再稼働阻止全国ネットワーク「全国相談会」
  10月8日(土)夜 倶知安町 10月9日(日)午前 倶知安町
 *詳細については、近日中に「たんぽぽ舎」HPに掲載。
  日時、場所、アクセスなど不明な点は沼倉(080-1012-4661)までご連絡願います。



.. 2016年09月02日 08:03   No.1090010


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