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■--再び、信仰と宗教の違いについて。
++ HINAKA          

HINAKAです。

多足様

またしても安易な、敵前逃亡と思われるのは不本意なので、仕切り直しです。

「信仰」
人や物、事象を問わず、あらゆる事柄に対し、畏怖と畏敬の念を持って、その対象に向かい自分の能力を超えた事象を願ったり、祈ったりする事。
その力を、何等かの方法で事物に代えたとして、「これを使えば、この場に来たの同じ効力がある」とその場周辺で、商売が始まる事は在っても、基本的にそれを広めたり強制したりする事は、無いというのが前提。
信者は単純に、その事象の人知を超えた力を信じるのみで、その力を得る方法は人により様々。これを、集めて体系化し、文章化すると宗教として「教義」の前提ができる。

「宗教」
在る特定の事象に畏怖と畏敬の念を持ち、その力を得るための手段を、体系化して文言としてまとめる。
まとめられた文言を「教義」として、別の場所で教え広め、その事象や教義に関心がなかった人々をも、信者として取り込み、その態勢を組織化する事。
当初、学問や信仰との境が曖昧な場合には、宗教とは呼べない。ただ、その教義の元になった事象から、教義を編み出して、その事象や教義に興味関心の無かった人々に教え広める事を、宗教化と呼ぶ。

宗教の特徴は、必ずその教義の元となった文言を口にしたり、行ってみせた発端者が存在する。
その発端者の意志とは無関係に、その集められ編み出された教義をもって、その周辺にいた人々がそれを畏怖と畏敬の対象として、教え広める点にある。この時、「信じる者は救われ、反する者は救われない」と現世利益を説き、その代償あるいは信じる証としての、物品供与を受ければ、完全に「宗教団体」として成り立つ。
さらに団体内を体系化し、発端者の意志とは無関係に、当事者を頂点に組織されれば、完全な宗教組織と呼べる。

別の言い方で「信仰とは個人の内面に存在し」、「宗教とは個人の外に集団として存在する」とも言われている。

辞書的に、個人的な考えを簡略化すると、こんな感じになりますが、おわかりいただけますか?

それではまた、当面自粛します。

.. 2008年12月20日 19:02   No.419001

++ 多足       
これって何かの引用なんすかね? 辞書的な、という表現はそういう意味ではなく、HINAKAさんの見解?

信仰は様々な現象、事象、物体に対する畏怖、畏敬の念からくるもの。
宗教は体系化された教えを、広範囲に広めるために組織化されたもの。
そんな感じでしょうか。だとすれば自分の考えるのとほぼ同じなんですが。
ただ、宗教に関する定義として、「必ず発起人がいる」という部分にはちと同意しかねるというのが個人的見解です。信仰が組織化されると宗教になる、という考え方なもので、その境界は曖昧なものなのではないかと。ある程度体系化する上で、教祖的な誰かが挙げられるとは思いますが、「必然」というわけではないのではないかと。

.. 2008年12月21日 09:53   No.419002
++ ずた       
HINAKAさんの考えって解釈しないと日本語にすらならないぜ、多分。

この前の書き込みにはこういうことが書いてたんですね。
多足の予想通り読んでないわけでした(笑

で、これがHINAKAさんの考えってのはわかりました。この考えを元に、イラクの雪の件、もしくは
その信仰や宗教に対してHINAKAさんはどう思ってるんでしょう?そこが聞きたい日p^h^h僕です。

あたしの考え。神様はいるんでしょうね。
実際にいるいないに関わりなく、居ると思う人の中に。唯一神を信じてる人には唯一神のみがいるんでしょうし、あたしのように八百万の神という解釈が好きな人間には八百万の神がいるんでしょう。
ぶっちゃけその自分なりの神に対して恥じない自分であろうとするのが大事だと思う。信仰とか宗教ってのはそういうもんだと思ってたんだけど。自分に対する利益を求め始めたら別物なんじゃねーかなーと。滅私奉公であって欲しいと思う甘いあたし。

ついでなんでこのスレの引用元の引用元から引用(ぉ
イラクの雪の件、ここでの聞きかじりの知識だけだし、そもそも中東情勢や地理的なもの、文化思考にも明るくないので感覚として理解しにくい部分の話なんだけど。
イラクの人は雪をみてどう思ったのか、それを聞いてみたい。100年も降ってないならよっぽど奇異なものに映ったんだろうけど。

最近、理想を世の中にぶつけすぎて角が立つことが多くなってきました(ぁ
や、もちろん理想だけで世の中回るとか思っちゃいないわよ?(笑

というわけでHINAKAさんの考えも聞きたい。
今回の書き込みの要点はこの一点のみでございました。

.. 2008年12月21日 10:42   No.419003
++ つかじ       
今回、個人的にずたさんが上手い事言ってくれたな〜って思ってます。

>居ると思う人の中に
って所。ぶっちゃけて言えば「そう」なんでしょうね。僕なんかは「神様仏様居ない・でも宗教は必要」とか言ってる人間なんかは「形を借りる(お寺や神社で手を合わせる等)」事で、ずたさんが仰ってる「恥じない自分」等を目標にするのでしょうね。

ほら、お参りとかで「今年は(お願い部分)お願いします〜」とかあるでしょ?あれだって本当に宗教とだけ見れば信じて居る人間にしてみれば「何て都合の良い事を」と非難されるけど。
宗教・宗教施設を開かれた物とすれば、信者で無くても身近な存在として見る事が出来ますからw

そう言って意味では「魂」も似た様な物かもね?
「物にも魂が宿る」ってあるけど、これは僕は有るとは思ってる。
但し、これは「物に対する愛着」がそう映っている、もしくは形で言えば(刀剣等)「扱い易くなってまるで心が通じ合って居る様」等の言い回しが有りますが、これが「魂(物を大切にする心)」だと思ってます。
(ちょっと脱線してたら御免なさいw)

>教官へ
う〜む、正直前回のは全く読む気も起きませんでした。だって、長過ぎだしw
要は最近問題になった「契約書の内容なんて一々読まないよね?」って奴と同じ現象。

そして、宗教に限定して話しちゃうから片っ苦しい雰囲気バリ3状態なんですよ。
前にもカキコしたけど「こんなんじゃね?」程度のノリで良いのでは?

それと、教官の事を想えばこそと思って頂きたいのでハッキリ書きますが。「書き込み意見の一方通行の指摘」や「答えの押し付けに思われる意見」て、自粛してどうにかなるのかね?

失敗をどう生かすか?が大切なのではないかな〜と思うのですが?余計な御世話だったら御免なさい。

.. 2008年12月21日 14:49   No.419004
++ HINAKA       
HINAKAです。

多足様

基本的に、全て自分の考えですが、原典のない知識は存在しないので、そういう意味では色々な引用の集合体です。
その集合体に、自分の感情的解釈を加えて、出した結論です。「辞書的」というのは表現に感情や修飾及び、脱線無しと言う事です。個人的には、面白味のない(無味乾燥な)表現という意味にも、使っています。

宗教には、その発端となる「発起人」は必要だと思います。
本人に、その意図があるか無しかは無関係に、周囲の人々からその信仰対象の体験者、もしくは具現者と信じられる人物です。もちろん、当事者の年齢性別は問いませんし、さらにその人物を発起人として最初に認める人物、もしくは人々が必要です。
これが教団の誕生でしょうが、それが単なる信仰団体か、宗教団体の初期段階かは、多足様の仰る通り、曖昧だと思います。なお、なぜ人物かというと、「教義」とは「誰かの」文言及び行為の集大成で、こればかりは無言の岩や山のような自然物では、成り得ようがありません。必ずそれを体現する「人間」が必要なのだと思います。

イラク問題、パレスチナ問題、すべて根は宗教問題から派生しています。
宗教問題が政治問題化し、元も過激な政治手段である戦闘行為となるのだと思います。その最大の問題は、全てはセム語族系1神教から発生した宗教、ユダヤ教→キリスト教→イスラム教です。
政治的に多神教であれば問題の無い、他宗教や信仰との穏やかな共存。互いに根を同じくする唯一神を信仰するが故に、対立すると妥協点がありません。どちらの神様が上という事は、無いのですから……。

古代ローマ帝国の成功は、国自身は多神教国家で、他の国や民族の宗教や信仰を、無原則に認めた事にあるようです。
アメリカがローマ足り得ないのは、この寛容さに欠けるからでしょう。「寛容の精神」こそ、ローマ人の不文律だったと、言われています。
これがローマ帝国のキリスト教化により、瓦解しました。その過程と、その後のキリスト教による西欧世界支配を説明したのが、以前の長い書き込みです。

一応、ずた様とつかじさんの問いにもお答えしたつもりです。
ただ、一部お二人の仰り様に良く分からない部分があるので、間違っているか、的外れかも知れません。

それでは、また自粛に入ります。


.. 2008年12月23日 00:10   No.419005
++ つかじ       
お答自体は宗教に関しての物だとは思ってますが。

また説明しないと駄目なのかい?w
だからさ、教官の話は「宗教」のお話は良く分かりました。だから、他にもさ。最初の切欠は多足さんの「イラクに雪降ったんだって〜」って話だったでしょ?

そこから話は広がらないのかな〜って事だったんじゃないのかね?それを「宗教話」と断じちゃうから「堅苦しい話だけ」で終わってるんだよ。

僕が毎回「こんな程度で」と言ってるのはね。
レスの内容の中には話題が「一つ」だけでなくて、二つも三つもあるでしょ?
教官の話の特徴は「一つだけ!」で終わっちゃってるのみならず、ずら〜っと何レスも付けただけでなく、何が言いたいのか?何言ってるのか?が分かり難い程長くて難しいのよ。

だから毎回「程々にで良いのでは?」とカキコしてるんですよ。

>一部お二人の仰り様に良く分からない部分
だからさ、そうやって「分からない」部分が有るなら普通に聞いてみなよ?
「分からない<放置<終了」の流れの方が「分からないと言われて居る側の方が意味が分からない」んですよ。

そして、「また自粛に入ります」ってそこを聞いているのよ僕は。自粛して何か有るのか?と!!
カキコ自体を自粛したって、内容自体はお邪魔して見てるんでしょ?

「自粛したから、じゃー今度からは会話も出来て一方通行なカキコはしないように」って形じゃかいでしょ?だから「逃げ」と言われるのではないかな?

皆が言ってるのは、「会話をして欲しい」と言う有触れて且つ単純な事なのでは無いかな?と思うのですよ。まぁ勿論、自分は管理人さんでは無いし、教官が「そうしたい」と言う行為を止める権限も有りません。ただ、そう言った部分でやはり会話がないと思われてもいるのでは無いでしょうか?

.. 2008年12月23日 11:42   No.419006
++ 多足       
ええと、どこからコメントしたらいいかな。

じゃあまず一番目に付いてしまった部分から。
イラク問題、パレスチナ問題が全て根元が宗教である、という点について。
自分はその見解には納得できないのです。問題の根元は、もっと単純なものではないでしょうか?
つまるところ、経済です。利権です。金です。
ある利権団体にとって、他の利権団体が近所にいるのはめんどい。だから、そいつらを排斥する。それが基本でしょう。その時行動を起こした団体の単位が「宗教」だった、というだけの話。

自分の考える宗教というもの。
それは、利権団体としか見ていません。「利権」ってのは金が解りやすいんですが、それだけでは無く、「何を拠所とするか」という精神的な面も含めて。
ここいらで少し信仰と宗教の話に戻りますと…
信仰は個人個人のもの。
宗教は、それを体系的、組織的にまとめた物。

たとえ話として。
大自然由来のAという事象を、ある個人がスゲーと思って敬うようになる。その畏敬の念から、Aという事象を鏡とし、自分を見つめ直す。ずた氏の言う、恥じない自分となるため努力する、というやつはコレかと。
これは個人個人が、Aに対して何を感じ取るか全然違うハズですよね? ここで必要なのは、Aに対し各々が頭で考え、感じ、それぞれの答えを出さないといけない。これが小五ロリ?(爆)

で、宗教。
個人的な信仰から得られた何らかの回答。それを、皆が求めてしまうんでしょう。つまり、自分で考えずに、それっぽい答えに飛びついてしまう。これが宗教の本質だと思ってます。
いくら考えてもわからない。日常生活に忙しいと、考える時間も無い。そんな時、目の前になんかそれっぽい、自分にしっくり来る答えがぶら下がってる。それに釣られる。クマー。

人が集まったら当然組織になるし、組織になれば利権が絡むのは避けれない必然。
で、ね、重要なのが、宗教の「教え」の根本にくるはずのAという事象への解釈は、各々違うハズなのに、「Aはこういうことだー」って容にしちゃってる。それ以外の回答を、否定してしまう。なぜ否定するかって、違う答えがたくさんあると、組織が分かれてしまうから。利権が減るから。現世でのご利益を云々するのは、組織だからでしょ?

とまあ、これだと組織というもの自体が悪いみたいな話なんですが、それは極端な話なんで。人は群れることで格段に強くなれる。けれども、個人は弱いから、群れの強さに依存してしまう。宗教は、そんな個の弱さにつけ込みやすいんですよ。

他者の否定、拒絶ってのは要するに考えることを放棄することです。信仰は、各々違った形で考え続けることこそが重要。自分の答えを他者に押し付けるのではなく、「自分はこう解釈してるんだけどどうよ?」と他者の意見を求め、出したと思い込んでる答えに対し、再び問い直す。これが重要なんじゃないでしょうか。
とまあ、HINAKAさんの書き込みにいちいち問題が生じているのは、このあたりの「自分の考えを披露し、他者の考えを聞く」という姿勢が、「自分の考え、というか言いたいことの披露」で終わってるからじゃないかなーと。
つかじさんの「分からない部分があるならそこを聞いてよ」ってのはそういうことでしょ?

自粛。空気読めない。敵前逃亡。
どれもこれも、こんな使い方してたら嫌な言葉ですね。

.. 2008年12月24日 15:36   No.419007
++ つかじ       
>ってのはそういうことでしょ?
ずばりそう言う事ですな!!
こちらとしては、一方的に相手に「言ってる事分からん」と言われても、具体的に「どう分からん・どう言う意味?」で無い以上その部分に対しては、こちらはどうも思わんです、はい。

>自粛。空気読めない。敵前逃亡
この文言集に関してもずばりお聞きしたい物ですね!敵前逃亡と言うならば「一体誰が敵なのか?自粛してどう変わるのか?と言うか変わった試しが有るのか?空気が読めないのでは無く、他人の意見がどう有ったとしても聞く積りが無いのでは無いのか?」と、不安が有るのですよ。

そう言った具体的な発言も無ければ、他人に対して誤解を招く発言をする傾向自体がコミュニケーション上不味いでしょう教官!
それを、毎回多足さん達は心配してくれてるんですよ教官。
だから前に「答えが最初からある事を前提にしたカキコだ」と自分が断じたのですよ。

蒸し返すようで悪いのですが「イゼロン・ガイエ話」然り、「社会主義話」然り、「対潜兵器話」然り、「ビスマルク話」然り!
全部同じ傾向が見られるのですよ。
これだけ同じ様な事が有ったのに、どの部分が「空気を読まないのか?」ちゃんと話をしたいだけなのですよ。そして、これらの意見は決して非難したいのでも、攻撃したいのでもないのですよ。変わって欲しいだけ!!

まぁこれだけ言っても「自称・自粛中」ならカキコ自体がないのだろうが。

.. 2008年12月25日 12:22   No.419008
++ 多足       
うーん、別スレに移ったみたいなんで、そっちで。
.. 2008年12月26日 09:54   No.419009


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