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■--と言う訳でマジノ線のお話
++ つかじ          

個人的には多足さんが仰る通り「無用の長物」であるのは間違った解釈であると思ってます。
ちなみに、全部をマジノ線と言うのでは無く。イタリア方面は「アルパイン線」と呼ばれてます。

>個人的なマジノ線の感想。
例えるならば。マジノ線とドイツ軍の関係は。「遅刻した生徒(ドイツ軍)が、校門前で陣取っている鬼教師(マジノ線)を避けて裏門(アルデンヌの森)から通り、校内へ入った(フランス進軍)様な物」だと考えて居ます。

先生は目の前の事で精一杯だし、回り道する予想(ベルギー侵攻)は出来て居ても、校長(政府)が「人手も物も出さない」のではどうにもならない。

>当時の状況
では、なぜ上手く機能しなかったかと言うと。
当時のフランス政府は、閣僚の確執により内情は最悪と言ってよく、総司令官ガムラン大将も梅毒により役立たずで、司令部施設も全く整って居なかった事が原因です!これがフランス軍は役立たずと言われる所以ですね!!

>マジノ線は穴が有る?
マジノ線の欠点とされるのが、ベルギー側の陣地構築の遅れです。何故ベルギー側からは入れたか?ですが。これはベルギーに対する政治的配慮と予算不足だとか。
そりゃ、いきなり自分家の目の前に「強力な火力を有する要塞」が出来たら不審がりますよね?

ただ、ここで不思議なのが予算の問題。

>フランス軍は予算不足なのか?
答えは違います。むしろ軍事予算中47%も使いきれて居ません。そして、軍からの試算額にも政府はさらに追加予算を付けて出して居ます。つまりは「国家として予算は出せる状態」。

なので、「マジノ線だけに使った」と言うのは間違いなのです。しかし、何で使わなかったのか?使い切れなかったのか?に関しては分かりません。と言うか、資料が無いです。予算を使い切れない。なのに何で一部構築できなかったのか?全く何て不思議軍隊だww
続く。
.. 2008年12月05日 13:43   No.405001

++ つかじ       
>フランス軍の装備品
は遅れて居る事でも有名ですが。これは歩兵、無線・通信連絡手段、戦術がであり。海軍・空軍は比較的当時の水準は保っています。

実際地上兵力の戦車は、ドイツ軍の戦車でもかなりの脅威であった事は確かです。しかし、余り知られてないのですが。そのメインたる戦車も殆どが輸出にだされ、国内用の充実には余り関心が無いみたいですね。

空軍はメッサーと同等の能力と言われた、Do等の開発も出来るが、これもやっと開発に成功したばかりなので数が少ない。でも、これももっと早くに開発は出来た筈なのにね。問題は、やはり国防意識が硬化していたと言われても止むを得ないかな。

>マジノ線の兵力はどうして動けなかった?
ドイツ軍は対フランス戦に対して3つの戦闘集団に分けたのはご存じだと思います。その内のC軍集団が目の前に張り付いたのと、もうドイツ軍が突破してしまった事から動くに動けなくなった。
(マジノから、歩兵部隊が他に派遣はされた)

>フランスの事情
先に書いたフランスの政治事情もそうですが。
元々フランスの政治自体が、政変が起きるのが常であり余り大胆な改革が出来る時間が無かったってのが一つ。

外交的に、藪を突いて(軍拡を行う事で)蛇を出す(ドイツを刺激する)恐れが有った。

また個人的に一番大きい理由では?と思って居るのが人的資源損失の恐れでは無いかな?と。
フランスは大規模前大戦の戦闘で、被害を被っている。それをまた繰り返したくなかったからではないかな?と。でも、だからと言ってまたドイツと戦争になれば「また突破してくるかもしれない」恐れから「マジノ線」を作ったのでは?と言うか作らざるを得なかったんでしょう。

と言うのが、僕のマジノ線とフランスの考えです。もしかしたら、脱線して居て多足さんの言いたい事と違うかな?

.. 2008年12月05日 14:09   No.405002
++ つかじ       
追加。

>マジノ線の機能
は当時の要塞・地下施設としては、かなりの規模と充実度だったと思って居ます。
構内はトロッコで結ばれ、病院等も整って居ます。また、その構内自体も。意外に広く作られ、現在でも維持されているとは言え、綺麗で整って居ます。

また、一応機動部隊として戦車部隊も駐留していましたし。(肝心のいざと言う時に役に立てなかったがw)陸に限定してみれば、複合的な運営も可能だったと考えます。

>欠点の追加
航空勢力への備えも最弱だった事も言わなければなりません。なにも、一つも無かったとは言いませんが、旧式装備品の為に急降下爆撃機に対して俯角を採る事も出来ず、対応できない物が多かったと聞きます。

そして、空軍自体もマジノ線を含む陸軍部隊との連携が十分果たせて居らず、それも容易に突破された理由でもあるでしょう。

ただ、何回も言いますが。陸に対して一つのアンチテーゼは投げかけたと思います。
写真等で、連合国がマジノ線に到達した時の物が有るのですが。コレを見る限りブンカーも巨大で十分威圧感も有り、陸軍としては「コレを攻略しなければならないのか?」と言う考えを抱かせただけでも「ドイツ首脳部の悩みを増やした戦果」は上げたと思えます。

ま・でも結局。個人的な結論としては「それで終わらせた結果は政府と軍部の責任」であり。
要塞としての結論は「無駄では無かったが、上手く機能出来ない、時代に即したものでは無かった」かな?

.. 2008年12月06日 03:21   No.405003
++ 多足       
マジノ線とフランス軍を考える上で、重要な点の一つがベルギー国境ですね。
予算不足? 作りたかったけど無理だった? それはどうかな???
第一次世界大戦で、ドイツ軍はベルギーを通ってフランスに入って来た。そのベルギー国境に、要塞を作らない。そこをドイツ軍が通って来ることを想定しないほど、フランスは馬鹿じゃありません。
マジノ線を利用したフランスの国防計画。それは、マジノ線を迂回してきたドイツ軍を、イギリス軍と共同でベルギー国内で迎え撃つ、というものです。イギリス軍と戦うことで、つかじさんも指摘している人的資源の枯渇をまかなうのです。
実際、ドイツ軍がオランダに侵攻したことでフランス、イギリス連合軍はベルギーを援助するためベルギーに入国、これによりフランスの狙っていたとおり、フランス国内が戦場とならず、イギリス軍と共同でドイツ軍と戦うことが出来た訳です。まさに計画通り。
しかしドイツ軍にとってもこれは計画通りなわけで。ご存知アルデンヌを突破してきたドイツ軍に包囲殲滅されるわけで。
フランス軍も馬鹿ではなかった。しかし、ドイツ軍の戦術運用がそれを上回っていた。西方電撃戦の機動速度は、フランスの計画を完全に上回っていたということですね。

ちなみに「戦車は絶対通れないよ」ってなってたアルデンヌの森。戦前に、フランス陸軍の大佐(だったと思う)が、その定説に疑問を持って、演習で戦車隊をアルデンヌの森に入れたそうです。そしたら十分突破できちゃった。これってやばくね? と上層部に聞いてみたら、「軍の防衛計画に不安を与えた罪」で処罰されちゃったとか。
現実よりも、定説の方が重要、と考えるくらいにはフランス軍も馬鹿だったようです。

.. 2008年12月06日 20:29   No.405004
++ つかじ       
>ベルギー国境・わざと迂回
あ・その話はですね。今回敢て入れなかったんです。何でかと言うと、調べた資料が「ベルギーにワザと穴開けて通らせたんだ」と言う説が有る見たい程度だったので確証が持てなかったんですよ。

只、多足さんの言う「マジノを迂回するだろうから、入った所を連合軍で叩こう」とする考えは有って当然ですよね?
まぁ、要塞の話をすればベルギーのエバンマールも有った訳ですしね。コッチは一日で落ちたけど。(ドイツ側は、ここら辺までは黄色作戦かな?)

今回は英軍も最初から駐留してるのだから、本当なら良い勝負になるかも?と期待された物だったけど、両軍の関係が余り良い物でも無かったし、純粋に戦術が洗練(戦車の運用・空軍との連携・連絡の不備)されてなかった結果でもありますね。(赤色作戦か?)

>アルデンヌの森・疑問
え・そんなエピソードが有ったのですか?
それはまた勇気と先見の明のある軍人さんですね?でも、結果を見る限り「やはり仏軍か」ですかねw

.. 2008年12月07日 12:25   No.405005
++ 多足       
どうしても、マジノ線って物を考える上で、ドイツ側から見てしまうとフランスって間抜け、という印象が強くなってしまうんですよね。
でもそれじゃ一方的な見方かなと感じてるんですよ。要塞だけではなく、その要塞を活かした全体的な計画、というものを考えると面白いので。

色はそれで合ってますね。オランダ、ベルギーから北フランスくらいが黄色、アルデンヌ突破は赤。
で、森の件は、「フランスらしい」というより、「あ、組織ってこんなんだよね」って感想を持ってます。学会とかもそうなんで。主流意見に逆らうものは、徹底的に排除されるんですよ。
フランス軍以外でも、こういったことはあるんじゃないかな。

.. 2008年12月08日 16:05   No.405006
++ イマダ ナナシ       
>フランス軍以外でも
 確か、マンシュタインが最初にアルデンヌの森突破のアイデア出した時、軍上層部は無視したんじゃなかったっけ?ヒトラーの鶴の一声があって、はじめて、軍のフランス侵攻プランが大幅な変更をしたとかいう話が『失われた勝利』に書いてあったような気がする。
 「私のアイデアを認めてくれたのは、総統だけだった。だから、わたしは、解任命令が届いても総統に恨みを抱くきにはなれなかった」ていう内容の記述があったはず。

>ベルギーに対する政治的配慮
 ベルギー側の抗議の内容は、たしか、「フランスとベルギーの国境線に要塞線を築かれたら、必然的にベルギーも戦場になってベルギーの国土が荒廃するジャン。フランス国内で好きなだけ塹壕戦やれよ。」とかいう内容じゃなかったっけ?

>フランス陸軍の大佐
 ド・ゴール?たしか、そのころ大佐で、J・F・C・フラーと並ぶ、英仏における装甲部隊の権威でしょ?

>学会とかもそうなんで。
 あれだねぇ。うちだと、大御所批判すると、大御所本人は鷹揚と構えているけれど、弟子筋がすごくきつくあたってくるねww

.. 2008年12月09日 01:12   No.405007
++ つかじ       
>多足さん・イマダさんへ
あ・大佐の正体ってド・ゴールだったんだ!
なら、あの人なら言って当然だわ。マジノ線の事嫌ってたからw
フランス軍の改革を唱えてたからね。その一環としてやってみたんでしょう。

>ベルギーの抗議
コレ、言いそうですねw
そりゃ、人ん家の庭を突破させる事を前提に要塞作ろうとすれば、怒りますよね?

>アルデンヌの森
ニコやチューブでパンツァーリートの映像見てから思ったのですが。II号戦車ですら木を薙ぎ倒せるんだから、普通に森位突破できるだろうな。当時はまだII号が主力と言って良い数でしたから。

一応質問なのですが。多足さんは「マジノの役割・機能」の話をされましたが。装備や中の施設とかの話とかは無しの方向で?
まぁ前回旧式だよねぇ?って位にしか書かなかったけど。(そう言った話自体無しかな?)

.. 2008年12月09日 12:06   No.405008
++ 多足       
あれ? 大佐の正体、ド・ゴールだったのかな? イマイチ解らないんだけども(苦笑)
でも実際ド・ゴールならって気もしますね。

アルデンヌの森。
ドイツ軍でも結局あそこは無理、って思ってたみたいで。当初はシュリューフェンプラン再び、と思ってたら機密文書持った飛行機がフランス領に落ちたとかなんとか。で、これじゃやばいからマンシュタインプランに目が出てきた、とも聞きますな。
まあヒトラー自身陸軍の偉い連中を嫌ってたみたいな話もあるし、でかい話が大好きな人物でもあるし(笑)

ベルギー。
なんやかんやで損な立地条件だからねえ。中立宣言しても無駄だし。どこを信用していいか難し過ぎただろうなあ。

要塞の中身。
正直、中身の話はあまり知らないんですよね。多数の堡塁陣地と、それを結ぶ連絡網。要所要所に作られたブンカーの集合体、という認識です。何cm砲があった、というような具体的な話って、意外と目にしないもので。
なかなかに興味の尽きない部分ではあります、ハイ。

森の中の行軍。
ま、そりゃ戦車で木を倒すのは常なんですが… 森の中って、案外平坦では無いんですよね。また、何本も連続で木を倒してたら、倒した木が詰まって動けなくなりそうだし。
という風に考えるとですね、やっぱ深い森林地帯は戦車の動きが非常に限定されるなと。
そこで「不可能」と考えるのではなく、「むっちゃキツイけどもやれなくは無い」って考えれるかどうか。そこがポイントでしょう。

.. 2008年12月09日 22:13   No.405009
++ つかじ       
アルデンヌの森自体、古来から難所として知れて居ますし。実際、当時の現地は深い森・川・湿地で覆われており、戦車以外の車両自体が移動困難と判断されている以上、同様の考えを持ったとしても不思議では無いでしょうね。

ただ、それが時代の変化による改善を頭に入れ難かったのは、人間の失敗ですからね。
頭が柔らかいか?硬いか?の期待以外にないですねw

一応念の為にカキコしますが。僕も何でもかんでも気を薙ぎ倒して行くとは思ってないんでw

>シュリューフェンプラン
まぁコレ自体が余り良い計画では無かったのも有りますね。
マンシュタインの考え自体は、先進的だったから理解を得られなかったのもあるでしょうが。マンシュタインの計画を否定した、ドイツ参謀たちが基本的に優秀であるから、常識的な戦術を取ったとも言えるでしょう。
それに、最後はちゃんと後押ししたんだしねw

.. 2008年12月10日 01:47   No.405010
++ 多足       
シュリューフェンプラン。
これって、フランス侵攻から反転してロシアを攻撃する戦略計画なはずなんですが、今となっては「海沿いにフランスに侵攻してパリ目指す」みたいな印象が強いですよねえ。
第二次大戦の西方電撃戦当時は、ドイツとソ連は同盟国。みたいなもの。となると、本来の意味でのシュリューフェンプランでは無いハズなんだけども… まあ、別の表現もイマイチ浮かばない。
つかじさん的にはシュリューフェンプランのどの部分が「余り良い計画では無かった」って感じます?
自分的には、WWUでの対フランス戦計画としては妥当かな、とも思ってます。
が、しかしWWTの対ロシア戦も含めたものの場合… ちょっと大雑把すぎる、というかロシアの動員に反応して自動的に対仏戦が始まるあたり、あまりに硬直し過ぎた計画じゃないかな、と感じます。なんか、現実が机上の理論に振り回された感じ。

.. 2008年12月11日 11:33   No.405011
++ イマダナナシ       
 シェリーフェンプランに話が移っているとこわるいが、ちと、「装甲部隊には突破不可能」なアルデンヌの森のイメージが大分、私とつかじさん+多足さんで違ってる感じなんでまた書き込み。

 こっちは、アルデンヌの森が突破可能となった最大の理由って、「経済発展のせいで、戦車や牽引した重砲も通れる道路ができちゃったw」ていうのだと思ってたんだが…。
 ちょと、ここ数年、興味がWWU関連から離れていたんで記憶が曖昧なんだが…。まぁ、同じく、アルデンヌの森が舞台となったバルジの戦いで両軍ともに道路を使って移動してたはずだから、アルデンヌの国境地帯にまともな道路があったってのはまちがいないと思う…。

.. 2008年12月11日 22:50   No.405012
++ 多足       
じゃ、シュリューフェンプランは別スレで。
個人的なアルデンヌの森の認識としては…
流石に道の無い富士樹海みたいなイメージでは無いんだけども。
なんか夜間に突破したって話も聞くし、細い道があるのかなあ、と。舗装道路に関しては… 当時の道路歩道率がどれくらいなのかがわからんのでイメージし難いんだよなあ。西方電撃戦の映像で有名なのは、ほとんどがダンケルク目指すあたりみたいだし、イギリス軍の訓練映像見てても、ダンケルクの映像でも、舗装されてるようには見えない。演習場だからか?

森の中の細い道だった場合、冬戦争のときのラーッテ林道のロシア軍みたく、大渋滞の中壊滅しかねない。ある程度の幅と、いざという時の道の外ってのを考えると、やっぱ大部隊の展開は困難だと思う。
で、アルデンヌの森に舗装道路が整備されていた場合。舗装の優先順位を考えると、すでにその地域の物流ってのが重視されてたってことになるまいか。それを見落とすフランス軍って一体…

で、ラインの守りの時はどうだったのか。
急に舗装された、とは考えにくいから、道路事情はあまり変わらないハズだよなあ。一言で「アルデンヌの森」と言っても、地域が違うとかかな?

森、道路関係が続くようなら、また別スレ立てようか。
ああ、これだから戦史は面白いんだよ(笑)

.. 2008年12月13日 10:22   No.405014
++ イマダ ナナシ       
>別枠でのつかじさん
 あ、やっぱり、ちゃんとした道路ありましたか。補給は、トラック使ったのだろうので、道路がないとおかしいよねw

>大渋滞。
 路外機動の点に関しては、同意。バルジの戦いでも、(バストーニュとれなかったせいとはいえ)渋滞が名物だし。すると、問題は、迂回起動するだけの細い道があったかどうかか・・・。

 イメージ的には、村と村の間に馬車が通れる程度の生活道路があって、それを使って迂回起動というのが美しいのだがw

 道路舗装率は、データとして残ってそうなんで、心に留めておくよ。データそのものはともかく、データが載ってそうな本については、たぶん、商売柄、誰か周りに知ってる人いるかもしれないんでw

 アルデンヌの道路がのった地図があれば、一番いいんだけどねw

.. 2008年12月17日 02:36   No.405015
++ 多足       
当時の西ヨーロッパの道路事情、イマイチ想像しきれないんだよね(笑)

.. 2008年12月18日 21:48   No.405016


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